神話とか、古代史とか。

日本をはじめあちこちの神話や古代史、古代文化について、考えたこと、わかったこと、考えたけどわからないことなど。

スサノヲとナマハゲ 9 - 「底」と「根」の国

 「『スサノヲ=植物仮装来訪神』説に有利な神話を挙げていく」シリーズ第3弾は、「スサノヲと根の国との結びつきを物語る神話」だ。ちなみに「根の国」とは、要するに死後の世界である。
「その根の国と、植物仮装来訪神になんの関係が?」
 という点は、おいおい明らかにしていこう。

 そもそもスサノヲの物語は、『古事記』や『日本書紀』ではスサノヲが、「母のいる根の国へ行きたい!」と泣き叫ぶ場面から始まる(すでにひげ面のおっさんだったのだが)。その後天界で暴れたり、ヤマタノヲロチを退治したりといろいろありつつも、根の国への思いは、常にみなぎっていたらしい。実際、結婚して新居を構えたかと思えば、次の場面では、もう根の国へ行ってしまっている。

八雲立つ 出雲八重垣妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を
(訳: 出雲で嫁と暮らすため、八重垣とかつくったことであるよ。あぁ、八重垣だなぁ*1。)

 とかなんとか、かっこつけて歌まで詠んだのに、なんのための新居かわからない。ほとんど根の国へ行くことだけが、人生の目的になってた節がある。

 ここでついでにスサノヲの母親についても触れておこう。彼が恋い焦がれる母親とは、「釣手土器の話」でさんざんとり上げたイザナミという女神だろう。ただし『古事記』では、スサノヲはイザナギイザナミの夫)が鼻を洗ったときに生まれた子供で、母親はいない。でも『日本書紀』には、普通にイザナミから生まれたという神話もあり、一応イザナミの息子ということでOKだ。

f:id:calbalacrab:20180128224637j:plain図1 アカマタ・クロマタ*2

 さて。スサノヲの方はいったんおいといて、植物仮装来訪神たちはどこからやって来るか? 日本の南の島々では、おおむね「ニライカナイ」という異世界から来ると言われている*3。全部が全部ではなかろうが、特に八重山アカマタ・クロマタ(図1)などはそうだ*4

 ニライカナイは海の彼方にあるとも、地底にあるとも言われており、死者の霊魂がおもむく国でもある。別名は「ニーラスク」または「ニルヤソコ」で、ニは「」、ソコ(スク)は「」を意味すると考えられている*5
 このように、来訪神の原郷――ニルヤソコ(ニライカナイ)の名に、「根」と「底」が入ってることは結構重要だ。神話の根の国も、「底つ根の国*6とか、「根国底の国」*7とか呼ばれているからだ。

 死後の世界を「根の国」「底の国」などと呼ぶのは、日本の古い風習なのだろう。沖縄など南の島々には、その文化がのちのちまで残っていたらしい。言葉の意味からすれば、根の国(底つ根の国)とニルヤソコは、ほぼ同じものと言ってもいいくらいだ。

 スサノヲが根の国の神なら、それはつまり、ニルヤソコ(ニライカナイ)の神だということでもある。スサノヲはいま、アカマタ・クロマタらとニルヤソコで、多分同居中なのだろう*8

 余談だが、さっき出てきたスサノヲの歌(「八雲立つ~」)について。『古事記』『日本書紀』には多くの歌が載っているが、一番最初に出てくるのは、どちらでもこの歌である。しかもすでに、5・7・5・7・7の短歌になっており、紀貫之(『古今和歌集』の編者)に言わせれば、スサノヲこそ和歌の創始者だ。いろいろと残念なところも多いスサノヲだが、意外と文化的な一面もあるのだといまさらフォローしたい。

*1:結局八重垣しか言ってない。

*2:ただしこれは、シロマタという第3の神。http://husigimystery.info/allan/wp-content/uploads/2017/05/akakuro.jpg

*3:日本の歴史と文化』国立歴史民俗博物館 1985年 128~129ページ。

*4:『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1995年 186~187ページ。

*5:ニライカナイとは - コトバンクと、『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1995年 186ページ。

*6:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 86ページ。

*7:古事記 祝詞岩波書店 1958年 426ページ。

*8:仲良くやれてるか心配だ。

スサノヲとナマハゲ 8 - 種まく子ら

 前回に続き、「スサノヲ=植物仮装来訪神」説に有利だなぁ、と思える神話を挙げていこうという話である。今回はその第2弾、「スサノヲと植物との結びつきが、間接的にうかがえる」神話特集だ。要するに、スサノヲの関係者(特に子供たち)には、植物神・穀物神の類が多いということを語れればそれでいいと思う。

 スサノヲの子供らの中で、植物と縁が深いと言えば、まずは「五十猛(いたける)」が代表格だろう。『日本書紀』によれば、日本列島に種をまき、樹木まみれにしたのはこの神だ*1

 スサノヲは、イタケルを連れて天下った。このときイタケルは、大量の樹木の種をたずさえていた。九州から始めて日本中にまき、いたるところ緑の山にした*2

 ちなみにイタケルには、「大屋津姫(おほやつひめ)」「柧津姫(つまつひめ)」という妹たちがいて、3人で種まきをしたとも言われている*3。息子だけでなく娘らも、結構活躍しているのである。

 一方『出雲国風土記』だと、スサノヲの息子の中に、「青幡佐草日子(あをはたさくさひこ)」というのがいる。名前からしていかにも植物神だが、こんな神話もある。

 土地の古老によれば、スサノヲの子であるアヲハタサクサヒコが、昔この山に麻をまいた。だから山の名を「高麻(たかさ)山」という*4

 イタケル兄妹もそうだがスサノヲの子は、よくよく種まきが好きらしい。
 種はまかないが、『古事記』だとこんな場面もある。

 スサノヲはまた、オホヤマツミの娘・神大市比売(かむおほいちひめ)も嫁にした。彼女が産んだ子は、「大年(おほとし)神」と「宇迦之御魂(うかのみたま)神」*5

 一見なんてことない名前だが、オホトシの「トシ」は、稲の稔りを意味する古語だそうだ*6。ウカノミタマの「ウカ」は食物だが、『日本書紀』では同じ神の名を「倉魂」と書く。字面からみてこの「ウカ(倉稲)」は、特に米飯のことだろう。つまりどっちも、穀物の神にほかならない。

 この通り、子らの顔ぶれをみてもスサノヲは、植物・穀物と縁の深い神なのである。
 ちなみにスサノヲの嫁(その1人)の名は「奇稲田姫(くしなだひめ)」で、稲田という言葉が入っている。夫婦が暮らした屋敷の管理人も「稲田宮主」*7だから、このあたりは水田推しがえぐい。

 ついでに書いとくと、「おおとし(大歳)」と言えば、大晦日を意味する古語でもある。来訪神は小正月(旧暦1月15日)か、大晦日(=大歳)に来ることが多い。オホトシというのは二重の意味で、植物仮装の来訪神に縁のある言葉なのである。

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トシドン(鹿児島県下甑島)*8
 大晦日に来る来訪神の1つ。くわしくは第5回参照。

*1:花粉症の人にとっては仇である。

*2:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 98・100ページ。

*3:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 102ページ。

*4:荻原千鶴『出雲国風土記講談社 1999年 304ページ。

*5:次田真幸『古事記(上)』講談社 1977年 105ページ。

*6:次田真幸『古事記(上)』講談社 1977年 106ページ。

*7:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 94ページ。

*8:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/storage.withnews.jp/2014/07/23/4/61/46118555-l.jpeg

スサノヲとナマハゲ 7 - 草と木とスサノヲ

 だいぶ遠回りした気がするが、ここからスサノヲの話である。そもそもこの「スサノヲとナマハゲ」は、
「スサノヲは、本来暴れん坊の英雄とかじゃなく、植物で仮装するタイプの来訪神だった!」
 と、主張するためのコーナーだ(第2回参照)。

 この主張を裏づけるために、『古事記』『日本書紀』や風土記のスサノヲ神話の中から、それっぽいエピソードを紹介していこう。「スサノヲと植物仮装来訪神」という論文(くどいようだが、「はじめに」からダウンロード可)でも、同じやり方をしたものである。ただしこのときは、
「ちょっとでも植物仮装来訪神的なところのある話は、かたっぱしから紹介する」
 という方針をとった。いまみると正直やり過ぎなので、ここでは比較的大事なエピソードだけにしたい。

 ひと口に「植物仮装来訪神っぽい話」と言ってもいろいろだが、だいたい次の5つに分けることができる。

1. スサノヲ本人が植物と、直接結びついている話
2. 1ほどじゃないけど、スサノヲと植物(穀物)との結びつきが、間接的にうかがえる話
3. スサノヲと冥界との結びつきを物語る話
4. オホゲツヒメという女神を殺す話
5. 蘇民将来の話

 今回とり上げるのは1の話である。

 そもそも、スサノヲが植物仮装の来訪神だ(少なくとも、そういう一面がある)というのは、何も私が言い出したことではない。村山修一氏や萩原秀三郎氏も同じ見方であり*1、その主な根拠になったのは、『日本書紀』の次の場面である。

 スサノヲは天界で乱暴狼藉をはたらいたので、追放された。このとき雨が降り、スサノヲは、青草を束ねて蓑・笠にした。神々を訪ね、「休ませてくれ」と頼んだが、自業自得として断られた。スサノヲは風雨に苦しみつつ、天界を去った*2

 村山修一氏はこの場面について、次のように説く。

 尊(みこと。 スサノヲのこと――川谷注)が天上より追放されたことと蓑笠姿で下界へ降りた話とは必然的な関係はなく、本来雨を降らし水を恵む五穀の神であった素戔嗚尊は蓑笠姿で民家を訪れ年頭の予祝をしたのである*3

f:id:calbalacrab:20180310233658j:plain図1 トビトビ*4

 植物仮装来訪神たちの中には実際に、雨と結びついてるものがある。福岡市早良区の「トビトビ」(図1)は、旧暦1月14日の夜、藁で仮装して家々を回る。このときトビトビに水をぶっかける風習があり、雨乞いの儀式と言われている(多めに水をかけておくと、その年は水に困らないそうだ)*5。水をかけられて逃げ惑うトビトビの姿は、たしかにスサノヲを思わせる。

 『出雲国風土記』(大原郡佐世郷条)でもスサノヲは、植物を身に着けている。

 スサノヲは、佐世(させ。いまで言うどの植物にあたるかは不明)の木の葉を頭に飾り、踊った。このとき葉っぱが地面に落ちたので、この土地を「佐世」と呼ぶようになった*6

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図2 ソラヨイ*7

 植物を身に着けて踊るのは、植物仮装来訪神たちの特徴だ。たとえば鹿児島県南九州市の「ソラヨイ」(図2)も、旧暦8月15日の夜、満月のもとで踊るという。

 植物とスサノヲと言えば、第1回でとり上げた「木をつくる話」も、もちろんこの上なく重要だ。

スサノヲはあるとき、こんなことを言った。
「韓郷(からくに。朝鮮半島のこと)には、金銀が多い。俺の子孫の国に船がなかったらよくない。」
 で、ひげを抜いて放つと、スギの木になった。胸毛を抜くとヒノキになり、尻の毛はマキ*8、眉毛はクスになった。こうして木ができるとスサノヲは、「スギとクスは船にしろ」などと、その使い道をも定めたという*9

 ここでのスサノヲは、どうみても植物神である。植物仮装来訪神もまた、草木の精霊であることは第3回で書いた。

 スサノヲは、植物をまとって家々を訪ね、またその姿で踊ったかと思えば、自ら植物をつくり出したりもする。これらはすべて言うまでもなく、植物仮装来訪神たちと重なり合う。

*1:村山修一「オニの観念とその源流」(『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1994年)と、萩原秀三郎「中国の来訪神」(『訪れる神々』雄山閣出版 1997年)。

*2:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 86ページ。

*3:『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1994年 36ページ。

*4:http://www.asahi-net.or.jp/~ri5t-mk/16nendo/ishigamatobi1.jpg

*5:http://www.asahi-net.or.jp/~ri5t-mk/16nendo/ishigamatobi.html

*6:荻原千鶴『出雲国風土記講談社 1999年 291ページ。

*7:http://blog-imgs-27.fc2.com/h/o/t/hotei/DSC_0310.jpg

*8:多分、コウヤマキ高野槙)のこと。常緑針葉樹。

*9:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 100・102ページ。

スサノヲとナマハゲ 6 - 陰謀じゃない方の秘密結社

 「植物仮装来訪神の共通点」(くわしくはこちら)シリーズ第3弾、「秘密結社、または男子結社を構成する」の話である。第1弾は第4回、2弾は第5回でやったので、未読の方は参照されたい。

 秘密結社という言葉には、男の子の男の子心(←?)を刺激する何かがあると思う。イルミナティとかゼーレとか、
「古代(または中世)から現代まで、歴史を動かしてきた影の組織!」
 的なものが出てくるとちょっとわくわくする。

 ここでとり上げる秘密結社はしかし、そういう陰謀団の類じゃない。民俗学文化人類学で言う秘密結社とは要するに、「秘密の儀礼を行う組織」である。存在はもちろん、構成員まで公開されてても、秘密の儀式さえやってれば、それだけで秘密結社なのだ。特に入会式(=「入社式」)の秘密が大事なので、「入社的秘密結社」と呼ばれたりもする。

 特定のメンバーだけでなく、その社会の成人男子(ほぼ)全員が参加する場合は「男子結社」という。女子結社の例もないではないが、男子にくらべると少ない。女子は普通、「秘密基地」をつくって遊んだりはしないので、まぁそういうものなんだろう。

f:id:calbalacrab:20180128224637j:plain図1 アカマタ・クロマタ*1

 植物仮装来訪神たちの祭の中で、秘密結社によって運営されるのは、日本ではアカマタ・クロマタ(図1。沖縄県八重山列島)だ。「トゥニギシキ」という秘密の儀式を経て、初めて入会が許されるというから*2、ばりばりの秘密結社である。

f:id:calbalacrab:20180113200743j:plain図2 ドゥク=ドゥク*3

 メラネシアでは、ニューブリテン島ドゥク=ドゥク(図2)結社がかなり有名で、『世界 謎の秘密結社』とか、そういう本にも普通に載っている。入社式はもちろん秘密だが、どうやら丸太でたたかれたり、バイオレンスな試練があるらしい*4。 

f:id:calbalacrab:20180302000147j:plain図3 ロム*5
※ 衣裳はバナナの葉っぱ。

 メラネシアでは、ほかにもアンブリム島のロム(図3)結社などは、やはり植物仮装である*6。アフリカ東海岸ポロ*7(図4)という秘密結社でも、写真で見る限り、植物仮装をやっているらしい*8

f:id:calbalacrab:20180301232738j:plain図4 ポロ*9

 ついでに言えば、ヨーロッパで聖ニコラウス(サンタクロース)の祭をとり仕切る「兄弟団」とか「友愛団」とかも*10、秘密結社の名残りとみていいんじゃなかろうか。

 さて。こうしてみると、植物仮装来訪神には洋の東西を問わず、やけに共通点が多い。多分だが、
秘密結社によって運営され、植物で祖霊や死霊に扮し、子供に説教する来訪神の儀礼
 が農耕文化とともに、広まった時期があるのだろう。

 ここまでは、植物仮装来訪神そのものの特徴をみてきた。次回から、植物仮装来訪神たちと、スサノヲとの関係について考えてみよう。

*1:ただしこれは、シロマタという第3の神。http://husigimystery.info/allan/wp-content/uploads/2017/05/akakuro.jpg

*2:『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1995年 187ページ。

*3:https://c1.staticflickr.com/5/4026/4245368961_4cd0be807f_b.jpg

*4:『世界 謎の秘密結社』新人物往来社 1993年 462ページ。

*5:https://c1.staticflickr.com/3/2464/3644313056_2f4b876d2e.jpg

*6:http://explorcruises.com/pearls-coral-sea-port-vila-cairns/

*7:ドゥク=ドゥクはDuk Duk、ロムはRom、ポロはPoroと書かれることが多い。

*8:http://www.thecoli.com/threads/poro-african-secret-society.285920/

*9:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b3/A_Masked_Poro_dancer_from_Secret_Society_Wellcome_M0005352.jpg

*10:葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』岩波書店 1998年 53~54ページ。聖ニコラウスと植物仮装来訪神については、第2回参照。

スサノヲとナマハゲ 5 - 「泣ぐ子いねがー」な、人々

 前々回からしつこく書いてるが、植物仮装来訪神たちの共通点は次の3つである。

1. 「祖霊」、または「死霊」とみなされている。
2. 子供に対して教育的(むしろ、脅迫的?)な機能をもつ。
3. 秘密結社、または男子結社を構成する。

 今回はその2つ目、子供の教育者(または脅迫者)としての性格について語りたい。前回と同じく、文献からずらずら引用していこう。

f:id:calbalacrab:20180209153718j:plain図1 ナマハゲ*1

ナマハゲ(図1。秋田県):
 ――さて,ナマハゲは、「泣く子はいないか」とか、「怠け者はいないか」とか、「親の面倒を見ない嫁はいないか」とか、いろんな訓戒というか、戒めの言葉を吐きながら各家々を回ります。
(武内信彦「怠け者はいねが~『男鹿のナマハゲ』」 ※『石油技術協会誌』77巻4号 2012年7月 所収) 

f:id:calbalacrab:20180209153843j:plain図2 トシドン*2

トシドン(図2。鹿児島県下甑島):
 ――トシドンは天上界にいて、子供達のことを見守りながら、大晦日になると「首切れ馬」に乗って、従者を従えて子供のいる家々を訪れ,その年の子供の素行や行儀に対し、悪戯をしないよういましめたり、さとしたりします。
 最後に、来る年を良い子であるよう約束を交わし大きな餅を与えます。この餅は年餅や年霊(トシダマ)と呼ばれ、トシドンにもらうことで無事に年を一つとることができると言われています。
(『第1次薩摩川内市総合計画』2010年)

 f:id:calbalacrab:20180113200015j:plain図3 マンガオ*3

マンガオ(図3。中国)
 ――悪さをする子や病弱の子はマンガオに頭をさわってもらい、それぞれ性格も良く、体も健康になるようにする。
(萩原秀三郎『稲と鳥と太陽の道』大修館書店 1996年 226ページ)

 f:id:calbalacrab:20180129134208j:plain図4 シャーブ*4

シャーブ(図4。オーストリア
 ――悪魔の群れ(川谷注:シャーブやクランプス*5)は、恐ろしい表情と叫び声におびえて逃げまどう子供たちをつかまえては説教をして、袋から贈りものをだして配っていきます。
(遠藤紀勝ほか『クリスマス小事典』社会思想社 1989年 50ページ)

 だいたいこんなところである。このうちマンガオは、特に説教はしないようなので、ちょっと毛色が違う。でも、悪さする子の性格を矯正するあたり、やはり教育的機能の持ち主だ。

 ちなみにシャーブらは、「袋に入れてあの世へ連れ帰るそぶりを見せたりして」子供を脅すらしい。秋田のナマハゲも子供らに、やっぱり袋に入れて連れ帰り、喰ってしまうぞと迫るという*6

 東西の来訪神たちは見てくれだけでなく、脅しの手口までよく似ている。サンタクロースも袋を持ってるが、ただのプレゼントの入れ物と甘く見ない方がよさそうだ。

スサノヲとナマハゲ 4 - 死者たちの帰還

 世界の「植物仮装来訪神」には、

1. 「祖霊」、または「死霊」とみなされている。
2. 子供に対して教育的(むしろ、脅迫的?)な機能をもつ。
3. 秘密結社、または男子結社を構成する。

 という共通点があると、前回で書いた。ここからしばらく、これらの特徴を順番に検討していこう。

 まず1. だが、こういう問題については基本、現地で取材した人の話を聞くしかない。というわけで文献から、関連するくだりをいくつか引用しおこう。重要なとこは太字にしたので、そこだけでも目を通してもらえると助かる。

 ついでに言えば民俗学では、祖霊と死霊は一応、区別される。まだ生前の個性を引きずったままの霊魂は「死霊」。これを失って、祖先たちと一体化した普遍的な死者が「祖霊」である*1。もちろんそれほど厳密には、区別できない場合もある。

f:id:calbalacrab:20180128224637j:plain図1 アカマタ・クロマタ*2

アカマタ・クロマタ(図1。沖縄県八重山列島):
 ――アカマタ・クロマタには、二つの由来の伝説がある。一つは、毎年定まった日に姿を現した死者を祭ったという伝説、もう一つは、安南に漂着した人がその面を故郷へ稲穂とともに持ち帰ったという渡来の伝説である。
(『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1995年 186ページ)

f:id:calbalacrab:20180113200015j:plain図2 マンガオ*3

マンガオ(図2。中国):
 ――マンガオとは何だったのだろうか。ミャオ語でマンはいちばん古い、最も古い、カオは次に古いという意味で、合わせて古い、さらに古い意となる。吉曼では、古い古い祖先を表すといい、一つの家族の形に構成するとの決まりがある。
(萩原秀三郎『稲と鳥と太陽の道』大修館書店 1996年 228~229ページ)

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図3 プー=ニュー(左)とニャー=ニュー(右)*4

プー=ニュー/ニャー=ニュー(図3。ラオス):
 ――同時に、彼らは「偉大な祖先」として尊敬され、「両親みたいなもの」といわれ、また「昔からの人たちのかたまり」「住みついていた人たちのあらわれたもの」のように集合的祖先霊のように解釈する人もいる。
(松原孝俊ほか編『比較神話学の展望』青土社 1995年 166ページ)

f:id:calbalacrab:20180113200743j:plain図4 ドゥク=ドゥク*5

ドゥク=ドゥク(図4。メラネシア):
 ――サンタ・クルツ島では、亡魂の事をdukaといい、フロリダ島では死者の霊魂と霊交することをpaludukaというから、Duk-dukはまた亡魂(Ghostos)の意味である。
(大林太良編『岡正雄論文集 異人その他』岩波書店 1994年 110ページ)

f:id:calbalacrab:20180129134208j:plain図5 シャーブ*6

シャーブ(図5。オーストリア):
 ――シャープ*7は「私たちの先祖の姿をあらわしたものですよ」と、教えてくれた人がいた。
芳賀日出男『ヨーロッパ古層の異人たち』東京書籍株式会社 2003年 74ページ)

 もうこれくらいでいいだろう。こうしてみると世界には、
「祖先たちは植物の精霊みたいなもんでしたが、何か?」
 的な信仰がちょいちょいあるらしい。

 「子供に対する教育的(脅迫的)機能」についても書こうと思ってたが、長くなったから次にしよう。

*1:萩原龍夫「祖霊」(大塚民俗学会編『日本民俗事典』弘文堂 1994年 405ページ)参照。

*2:ただしこれは、シロマタという第3の神。http://husigimystery.info/allan/wp-content/uploads/2017/05/akakuro.jpg

*3:http://img.chinatimes.com/newsphoto/2016-02-26/656/20160226004308.jpg

*4:https://meslaos.files.wordpress.com/2015/04/pimaypuyeu.jpg

*5:https://c1.staticflickr.com/5/4026/4245368961_4cd0be807f_b.jpg

*6:http://www.bad-mitterndorf.at/uploads/pics/schab.jpg

*7:アルファベットだとSchabだが、日本では「シャー」とも、「シャー」とも書かれる。どっちが現地の発音に近いのかは不明。

スサノヲとナマハゲ 3 - 植物のお化け

 前回に続き、スサノヲと「植物仮装来訪神」の話である。ここで一応、植物仮装来訪神なるものを定義しておくと、
植物(主に葉と茎の部分)で、体の大半を覆った来訪神
 ということになる。

f:id:calbalacrab:20180120105504j:plain図1 ボゼ*1

 たとえば日本では、悪石島(鹿児島県)のボゼ(図1)のほか、秋田のナマハゲもその1つである。国外にも多くの例があり、スイスの「醜いクロイセ」(図2)やラオス(東南アジア)の「プー=ニュー」と「ニャー=ニュー」(図3)、中国の「マンガオ」(図4)などがそれだ。太平洋の島々では、ニューブリテン島メラネシア)の「ドゥク=ドゥク」(図5)その他が知られている*2。世界中どこにでもある、というほどではないが、結構あちこちにあるのである。

 ちなみに図1のボゼはいつ見ても、インドネシアとか、そのあたりの神にしか見えない。これが鹿児島の祭なんだから、世界は裏切りに満ちている(←?)。

f:id:calbalacrab:20180112220424j:plain
図2 醜いクロイセ(スイス)*3

f:id:calbalacrab:20180112222039j:plain
図3 プー=ニュー(左)とニャー=ニュー(右)ラオス*4
 衣裳は木の繊維。

f:id:calbalacrab:20180113200015j:plain図4 マンガオ(中国)*5

f:id:calbalacrab:20180113200743j:plain
図5 ドゥク=ドゥクメラネシア*6

 ところでこの人たちはなぜ、植物のお化けみたいなナリをしてるのか? これについてはシンプルに、「植物の精霊的なものを表してるから」という理解でいいらしい。

 シャープやブットマンドル、「醜いクロイセ」が麦藁に身を包むのは、それらが穀物霊であることを物語っています。
(葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』岩波書店 1998年 49~50ページ)

 ちなみに「シャー」は、シャーのことだろう。シャーブやブットマンドルについては、前回参照。

 麦藁で身を包み、鞭を打ち鳴らすシャーブ。麦藁には穀物霊が宿ると信じられてきた。
(谷口幸男ほか『図説ヨーロッパの祭り』河出書房新社 1998年 21ページ)

  どっちも「穀物霊」とあるが、たとえばメラネシア穀物栽培はない。ドゥク=ドゥク(図5)をのけ者にするのもアレなので、より広く、「植物霊」でいいと思う。多分原始的な農耕文化とともに、広まったんじゃないかと踏んでるが、話がでかくなるからやめとこう。

 ちなみにナマハゲが着てる蓑は、「その年に収穫した稲の藁」でつくられるものだったらしい*7。なんの気なしにあの格好をしてるわけじゃなく、特別な意味がこめられていたことがわかる。

 さて。世界の植物仮装来訪神たちには、「来訪神であること」「植物で仮装すること」以外にも、3つほど共通点がある。

1. 「祖霊」、または「死霊」とみなされている。
2. 子供に対して教育的(むしろ、脅迫的?)な機能をもつ。
3. 秘密結社、または男子結社を構成する。

 次回以降、順を追ってみていくことにしよう。

*1:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/43/7f85e110b67470963a409e1219e0cfab.jpg

*2:アルファベットだと、クロイセはChläuse。プー=ニュー・ニャー=ニューはPu Gneu/Gna Gneu(またはYa Gneu)と書く人が多いが、一定していない。ドゥク=ドゥクはDuk Duk。マンガオは漢字で、「芒哥」と書く。

*3:https://1.bp.blogspot.com/-lYQd4IhifvU/Upbp0JtKfmI/AAAAAAAACjg/eXobX-Kn5lM/s1600/silvesterchlaeuse.jpg

*4:https://meslaos.files.wordpress.com/2015/04/pimaypuyeu.jpg

*5:http://img.chinatimes.com/newsphoto/2016-02-26/656/20160226004308.jpg

*6:https://c1.staticflickr.com/5/4026/4245368961_4cd0be807f_b.jpg

*7:葛野浩昭『サンタクロースの大旅行』岩波書店 1998年 50ページ。