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釣手土器の話 20 - ヘビと死の世界

 死んだイザナミがヘビたち(八雷神)をまとわりつかせていたのと同じように、釣手土器裏側の「目ばかりの顔」もヘビまみれだった(前回参照)。

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図1 左:御殿場出土/右:曽利出土*1
※曽利例の首から上は、推定復元。

 ここまでで、釣手土器(特に、顔面把手付きのそれ。図1)の文様解読はほぼ終わりだ。主な結果をまとめると、以下のようになる。

1. 顔面把手付釣手土器の表側(窓が1つしかない方)は、「火を出産する女性」を表す(第4回)。
2. 釣手土器の裏側はたいてい、「目ばっかりで表され、目の間をヘビがはい上がる」という異様な顔面になっている(第13回など)。
3. 「目ばかりの顔」の周りにある逆立った髪の毛みたいなものも、ヘビである(前回)。

 これらはやはりどうみても、
「のちのイザナミ神話(火を出産したせいで死に、あの世の支配者になる女神の物語)の原形は、縄文時代にはすでにできていた。釣手土器は全体として、この女神の姿を表している」
 という田中基氏の仮説(第3回参照)にとって有利である。

 ちなみに第3回ではこの仮説に、次のような仮想ツッコミ(いまつくった言葉)を入れておいた。

 この正面のデザインは、ほんとに出産の様子を表したものか? 単にランプの飾りとして、顔面把手をつけてみただけかもしれないだろ。
 裏側も、これがなぜ顔だと言えるのか? 鼻も口もないのだから、2つの窓が目を表してると、言い切れる根拠はないはずだ。
 髪の毛(のように見えるもの)にしても、ヘビの頭は見当たらない。頭がなければただの紐であり、ヘビだかなんだか知れたものじゃない。……

 このツッコミについては第4回前回で、一応クリアしたことになる。田中氏の仮説が真相にどストライクである可能性は、かなり高くなったということでいいんじゃなかろうか。

 さてこの場合、釣手土器裏側の「目ばかり、しかもヘビまみれの顔」は、死んだ女神の顔面を表していることになる。多分現実の死体には、ヘビはそれほど好き好んで寄ってきたりはしないだろう。でも人間のイメージの中では、ヘビと「死」は深く結びついてるものらしい。

 たとえば中村禎里(「ていり」と読む)氏は、イザナミ神話の八雷神などに関連して、「ヘビは死霊とくに悪霊の象徴」であると説く*2。「メメント・モリ(死を思え)」をテーマにした西洋美術でも、死体の周りにちょいちょいヘビが顔を出すことだし(図2)、多分そういうものなのだろう。

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図2 18世紀、パウル=エゲルの作*3

 ともあれ、釣手土器のヘビたちは、胴体が太短かったり、鼻先がなかったりするのが一風変わっている。次回以降、このあたりの事情と言うか、背景についても考えてみたい。

*1:左:http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/158078/右:『井戸尻 第8集』富士見町井戸尻考古館 2006年より。

*2:中村禎里『日本人の動物観』ビイング・ネット・プレス 2006年 80ページなど。

*3:http://mementmori-art.com/archives/20256071.html。エゲルさん(Paul Egell 1691-1752)は、ドイツの彫刻家。