神話とか、古代史とか。

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釣手土器の話 21 - ツチノコ、またはノヅチの件

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図1 札沢出土*1

 第19回で、札沢遺跡出土の釣手土器(図1)に乗ってるヘビについて、「ツチノコのよう」だと形容した。今回はこれ、ほんとにツチノコと何か関係あるんじゃないの、という話だ。こう書くと、
「このブログ、いよいよ(本腰入れて)トンデモに走るのか?」
 と思われるかもしれないが、そういうことにはならないと思う(主観的に)。

f:id:calbalacrab:20170608130405j:plain図2 ツチノコ*2

 多分誰でも知ってると思うが、一応ツチノコとは何かと言えば、図2のようなヘビ型の未確認生物(UMA)である。目撃例だけならくさるほどあるが、捕まって調べられたことは一度もない。熱帯のジャングルとかならまだしも、日本の山野にこんなのがいて、隠れおおせるのはまぁ無理だろう。未確認生物と言うよりは、河童や天狗のような妖怪の類とみた方がいい*3

 ちなみにツチノコについて「実在しない」と言うと、夢がない、ロマンがないという話になりがちだ。が、普通に細胞でできてるヘビよりも、イメージの世界に生きる妖怪の方が、ロマンがある――と、私などは思うが、どうだろうか。

 それはともかく、このツチノコという名前、もともとは近畿地方などの方言だ。1970年代の「ツチノコブーム」で定着したもので、それ以前は「野槌(ノヅチ)」という呼び方が一般的だった。江戸時代の『信濃奇勝録』や『野山草木通志』に、「ノヅチ」のイラストが描いてある(図3)。すでにいまで言うツチノコと、同じ姿でイメージされていたことがわかる。

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図3 野槌 - 上:『信濃奇勝録』/下:『野山草木通志』*4

 面白いことに、このノヅチという言葉、『古事記』『日本書紀』にもすでに出てくるのだ。

……次に野の神、名は鹿屋野比売(かやのひめ)神を生みき。またの名は野椎(のづち)神といふ。

(『古事記』)

……次に草の祖、草野(かやの)姫を生む。または野槌と名づく。

(『日本書紀』)

 要は、イザナギイザナミ夫妻の産んだ野の神だか、草の神だかの名前が「ノヅチ」である。もちろんこっちのノヅチ神は、別にヘビだとはされていない。が、ノヅチはやっぱりこの時代から、ヘビの名前だっただろうと思わせるような節はある。イザナミにまとわりついてた八雷神の1つが、「ノヅチ」と呼ばれているからだ。
「足の上に在るは野雷(のづち)といふ」
 と、『日本書紀』にきっちり書いてある(第17回参照)。

 さて。ここらでちょっと立ち止まって、考えてみよう。
 ――まず、札沢釣手土器(図1)のヘビたちは、八雷神のプロトタイプみたいなものだったらしい(これは第18回19回で書いた)。
 ――その八雷神のうち、少なくとも1匹は「ノヅチ」と呼ばれている。
 ――で、同じくノヅチと呼ばれるヘビの妖怪は、札沢釣手土器のヘビたちとやけに似ているのだ。

 こうなると、釣手土器のヘビたちについて、たまたまノヅチ(ツチノコ)に形が似てました、で片づけるのはちょっと気が引ける。神話のノヅチ(野雷)がすでにヘビであり、札沢釣手土器のヘビたちも、これと無関係ではないと仮定してみよう。この場合、ノヅチは早くも縄文時代から、いまのツチノコとほぼ同じ姿でイメージされてたことにならないか?

 もちろん、妖怪のノヅチが初めてしっかりと描かれたのは、江戸時代後期(19世紀)である。釣手土器の時代とは、4000年くらい離れてる。いくらなんでも偶然でしょうと言われたら、やっぱそうだよねと思えてくる。でも一方で、そんな偶然があるかと言われたら、それもそうだよねと思うのである。論文にして発表するような話ではないが*5、のちのノヅチにあたるヘビの妖怪(または神?)が、縄文時代から語り継がれてた可能性は、結構あると思っている。

 ちなみにこの仮説には、一つ問題がある。そもそも『日本書紀』の「野雷」という言葉は、本当にノヅチと読めるのか? という問題だが、これについては次回で書く。

*1:『長野県立歴史館研究紀要』5号 1999年より。

*2:http://tendinmy.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_f0e/tendinmy/tuchinoko43.jpg

*3:妖怪としてのツチノコについては、伊藤龍平『ツチノコ民俗学青弓社 2008年にくわしい。

*4:上:http://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F765064&contentNo=14&outputScale=1/下:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%81%E3%83%8E%E3%82%B3#/media/File:Suizan_Nozuchi.jpg

*5:普通の雑誌には多分載らないだろう。