神話とか、古代史とか。

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謎の「養布神社」

  谷川健一『白鳥伝説』(集英社)234ページによれば、兵庫県養父郡養父村の「大上川養布神社」に、「降り鐘」というのが祀られてる。物部川から石をとり出して、このお宝を乗せとくと、必ず雨が降るのだという。降り鐘と言ってもお寺の鐘ではなく、弥生時代(だいたい1800年以上前)の銅鐸だというからものすごい。

 その話に続き、こんな記述もある。

 ここでは銅鐸と物部川との関係が見てとれるが、ふしぎなことに、それが土佐にも見られる。三木文雄氏はその著『銅鐸』の中で、高知県香美郡美良布神社では、神宝の銅鐸を物部川に泳がせる雨乞いの行事が今に伝えられていると述べている。

 くどいようだが銅鐸は、弥生時代のお祭の道具だ。それが現在まで神社に伝えられ、儀式に使われてたのは驚くべきことだ。江戸時代に掘り出されたものだという説もあるが、案外弥生時代から、代々受け継がれてきたのかもしれない。

 でも今回はこれを手がかりに、銅鐸の謎に迫ろうという話じゃない。本当に兵庫と高知とに、それぞれ銅鐸を伝える神社があるのか、どうなのか? という話だ。

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図1 美良布神社の銅鐸*1

 まず、高知県香美市の「大川上美良布(びらふ)神社」に銅鐸が2つあることは、これはもう間違いないところだ。「よさこいネット」(高知の観光情報サイト)には、しっかりと写真も載っている(図1)。

 が、兵庫の養父(やぶ)神社に銅鐸があるという話は、どこをどう調べても出てこない。そんなものほんとにあるのか? と、改めて『白鳥伝説』を見ると、ネタ元は柳田国男『分類習俗語彙』という本だそうだ。で、この本の298ページには、たしかに同じことが書いてあった。

フリガネ 降り鐘。兵庫県養父郡養父村(現・養父町)の大上川養布神社の神宝の別名で、銅鐸だという。雨乞いにこれを持ち出し、物部川からとり出した膳ケ石の上に置けば、必ず降るという(民間伝承三ノ一)。

 少なくとも、谷川健一氏が嘘を言ってないことはわかる(あたりまえ)。でもどの本を調べても、養父神社の名前に「大上川」なんて言葉はついていない。近くに物部川という川もないようだ。これはいったいどういうことなのか?

 ――などと言ってる暇があったら、さらにネタ元を当たればいいのである。柳田国男の本にある「民間伝承三ノ一」がそのネタ元だろう。でか目の図書館に行ってみると、『民間伝承』という雑誌の3巻1号があった。1937年刊だから、戦前の雑誌だ。その5ページに次の一節がある。

……又養布村では旱魃の時には縣社大上川養布神社の銅鐸を持ち出し物部川から取り上げた膳ケ石の上に置く。すると必ず降雨があるとされてゐる。そしてその銅鐸のことを降鐘と呼んでゐる。

 柳田も嘘は書いてないのである(あたりまえ)。でも問題は、これが兵庫県養父市じゃなく、「土佐香美郡」の話とされていることだ。これはどう考えても、高知県香美市の大川上美良布神社のことを言ってるとしか思えない。でも「養布村」の「養布神社」だと、はっきり書いてあるじゃないか。これはいったいどういうことなのか?(2度目)

 ここまでで、すでに気づいた人がいるかもしれない(なるべく少ないことを祈ろう)。「美良」と縦書きすれば、「養」の字によく似ているのだ……(図2)。

f:id:calbalacrab:20171101145422j:plain図2 「美良布」と「養布」

 つまりどうも、真相はこういうことらしい。

1. 最初の記事を書いたのは、高知の郷土史家・橋詰延壽(「えんじゅ」と読むらしい)氏で、タイトルは「香美郡聞書」。この時点では、ちゃんと「美良布村」の「美良布神社」と書いてたはずである*2

2. でも手書き、しかも縦書きの原稿だったので、これを活字に起こした人が、「美良」を「養」に見間違えた。こうして「養布村」の「養布神社」という、ありもしない神社が爆誕した。この時点では、まだ高知県の神社である。

3. 柳田国男がこれを読んで、兵庫県の有名な「養父神社」のことだと思い込んだ。で、「兵庫県養父郡養父村(現・養父町)の大上川養布神社」と書いてしまった(養村という地名については、単に「養村」の間違いと思ったのだろう)。

4. 柳田の本を谷川健一氏が読んで、高知の美良布神社とは別に、養父神社にも銅鐸があると思い込んだ。

 橋詰氏が悪筆だったのか、植字者がうかつだったのか? あるいは、「香美郡聞書」というタイトルをスルーした柳田国男の責任がでかいとみるべきか。なんにせよ困ったものである。

 というわけで、改めて結論しておくと、兵庫の養父神社に銅鐸はない。銅鐸を伝え、物部川での雨乞いに使う珍しい神社は、高知の美良布神社だけだ。

 柳田国男谷川健一という、民俗学界のレジェンドがそろって書いていることなので、今後も真に受ける人が出てこないとも限らない。広く警鐘を鳴らしたいが、こんなとこに書いてその効果を望めるのかが不安である。

*1:https://www.attaka.or.jp/kanko/dtl.php?ID=365

*2:「大川上」については、すでに「大上川」と書き間違えていたのかもしれない。