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スサノヲとナマハゲ 7 - 草と木とスサノヲ

 だいぶ遠回りした気がするが、ここからスサノヲの話である。そもそもこの「スサノヲとナマハゲ」は、
「スサノヲは、本来暴れん坊の英雄とかじゃなく、植物で仮装するタイプの来訪神だった!」
 と、主張するためのコーナーだ(第2回参照)。

 この主張を裏づけるために、『古事記』『日本書紀』や風土記のスサノヲ神話の中から、それっぽいエピソードを紹介していこう。「スサノヲと植物仮装来訪神」という論文(くどいようだが、「はじめに」からダウンロード可)でも、同じやり方をしたものである。ただしこのときは、
「ちょっとでも植物仮装来訪神的なところのある話は、かたっぱしから紹介する」
 という方針をとった。いまみると正直やり過ぎなので、ここでは比較的大事なエピソードだけにしたい。

 ひと口に「植物仮装来訪神っぽい話」と言ってもいろいろだが、だいたい次の5つに分けることができる。

1. スサノヲ本人が植物と、直接結びついている話
2. 1ほどじゃないけど、スサノヲと植物(穀物)との結びつきが、間接的にうかがえる話
3. スサノヲと冥界との結びつきを物語る話
4. オホゲツヒメという女神を殺す話
5. 蘇民将来の話

 今回とり上げるのは1の話である。

 そもそも、スサノヲが植物仮装の来訪神だ(少なくとも、そういう一面がある)というのは、何も私が言い出したことではない。村山修一氏や萩原秀三郎氏も同じ見方であり*1、その主な根拠になったのは、『日本書紀』の次の場面である。

 スサノヲは天界で乱暴狼藉をはたらいたので、追放された。このとき雨が降り、スサノヲは、青草を束ねて蓑・笠にした。神々を訪ね、「休ませてくれ」と頼んだが、自業自得として断られた。スサノヲは風雨に苦しみつつ、天界を去った*2

 村山修一氏はこの場面について、次のように説く。

 尊(みこと。 スサノヲのこと――川谷注)が天上より追放されたことと蓑笠姿で下界へ降りた話とは必然的な関係はなく、本来雨を降らし水を恵む五穀の神であった素戔嗚尊は蓑笠姿で民家を訪れ年頭の予祝をしたのである*3

f:id:calbalacrab:20180310233658j:plain図1 トビトビ*4

 植物仮装来訪神たちの中には実際に、雨と結びついてるものがある。福岡市早良区の「トビトビ」(図1)は、旧暦1月14日の夜、藁で仮装して家々を回る。このときトビトビに水をぶっかける風習があり、雨乞いの儀式と言われている(多めに水をかけておくと、その年は水に困らないそうだ)*5。水をかけられて逃げ惑うトビトビの姿は、たしかにスサノヲを思わせる。

 『出雲国風土記』(大原郡佐世郷条)でもスサノヲは、植物を身に着けている。

 スサノヲは、佐世(させ。いまで言うどの植物にあたるかは不明)の木の葉を頭に飾り、踊った。このとき葉っぱが地面に落ちたので、この土地を「佐世」と呼ぶようになった*6

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図2 ソラヨイ*7

 植物を身に着けて踊るのは、植物仮装来訪神たちの特徴だ。たとえば鹿児島県南九州市の「ソラヨイ」(図2)も、旧暦8月15日の夜、満月のもとで踊るという。

 植物とスサノヲと言えば、第1回でとり上げた「木をつくる話」も、もちろんこの上なく重要だ。

スサノヲはあるとき、こんなことを言った。
「韓郷(からくに。朝鮮半島のこと)には、金銀が多い。俺の子孫の国に船がなかったらよくない。」
 で、ひげを抜いて放つと、スギの木になった。胸毛を抜くとヒノキになり、尻の毛はマキ*8、眉毛はクスになった。こうして木ができるとスサノヲは、「スギとクスは船にしろ」などと、その使い道をも定めたという*9

 ここでのスサノヲは、どうみても植物神である。植物仮装来訪神もまた、草木の精霊であることは第3回で書いた。

 スサノヲは、植物をまとって家々を訪ね、またその姿で踊ったかと思えば、自ら植物をつくり出したりもする。これらはすべて言うまでもなく、植物仮装来訪神たちと重なり合う。

*1:村山修一「オニの観念とその源流」(『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1994年)と、萩原秀三郎「中国の来訪神」(『訪れる神々』雄山閣出版 1997年)。

*2:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 86ページ。

*3:『日本「鬼」総覧』新人物往来社 1994年 36ページ。

*4:http://www.asahi-net.or.jp/~ri5t-mk/16nendo/ishigamatobi1.jpg

*5:http://www.asahi-net.or.jp/~ri5t-mk/16nendo/ishigamatobi.html

*6:荻原千鶴『出雲国風土記講談社 1999年 291ページ。

*7:http://blog-imgs-27.fc2.com/h/o/t/hotei/DSC_0310.jpg

*8:多分、コウヤマキ高野槙)のこと。常緑針葉樹。

*9:岩波文庫日本書紀(1)』1994年 100・102ページ。