神話とか、古代史とか。

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スサノヲとナマハゲ 10 - 女神を殺す男たち

 久々にスサノヲの話である。今回とり上げるのは、スサノヲによる「オホゲツヒメ殺し」の物語だ。『古事記』によれば、事件の概要はこんな(↓)感じ。

 天界から追放されたスサノヲは、オホゲツヒメという女神に「喰い物くれ」と言った。オホゲツヒメは、鼻の穴や口、また尻からも、御馳走を出してもてなそうとした。でもスサノヲは、出すところをのぞいていたのである。
 「こんな汚いもん喰えるか」と、スサノヲはオホゲツヒメを殺害してしまう。すると、オホゲツヒメの頭からはカイコ、目からはイネ、耳にアワ、鼻に小豆、性器に麦、尻に豆が生じた。カムムスヒという神はこれらを拾い集め、種として使った。

 このように、
「殺された女神の死体から、農作物などが生じました」
 というタイプの物語は「ハイヌウェレ型」といって、結構あちこちにある。子供のころ読んだ、北アメリカの先住民(当時はアメリカ・インディアンと呼ばれていた)の民話は、以下の通り。

 ある村に、どこからかおばあさんが来て、泊めてくれと言う。親切な若者が、快く泊めてあげた。
 おばあさんは絶品のパンを焼き、村のみんなにふるまってくれた。「トウモロコシのパンだ」と言うが、誰もそのトウモロコシというものを知らない。どこから持ってくるのか聞いてみても、おばあさんは教えてくれなかった。

 例の若者は好奇心から、おばあさんがパンを用意するところをのぞき見する。おばあさんは、自分の太ももをポリポリかき出した。すると太ももからトウモロコシが、いくらでも落ちてくるのだった。
 その晩若者は、どうしてもパンを食べることができない。おばあさんはそれを見て、若者に見られたことを知った。

 翌日、おばあさんは若者を野原へ連れ出して言った。
「この野原を焼き払い、私の髪の毛をつかんで引きずり回しなさい。終わったら、私を焼いてしまいなさい。」
 若者が言われた通りにすると(圧倒的素直さ)、3ヵ月後、トウモロコシがわさわさ生えてきた。人々はいまでもおばあさんに感謝し、トウモロコシをひと粒たりとも無駄にしない*1

 子供のころも思ったが、いま読んでも、いろいろとすごい話である。
 ともあれ、「体から喰い物を出す女神(的な人物)」「その秘密をのぞき見る男」「男に殺される女神」「女神の死体から、作物が生じる」という展開は、オホゲツヒメ神話そのまんまだ。ちなみにこれ、
「のぞきさえしなければ(のぞいても、我慢して喰ってれば)、女神がいくらでも喰い物を出してくれたのに、それができなかったばっかりに、苦労して農作業しないといけなくなりました」
 という趣旨の物語でもあるのだろう。

 ところでこのハイヌウェレ型の神話は、インドネシアやその周辺に多い(「ハイヌウェレ」というのも実は、インドネシアの女神の名だ)。特にニューギニアのマリンド=アニム族の場合、単に神話を語るだけでなく、その内容を再現する儀式までやっていたらしい。「マヨ祭」といって、5月に始まり、12月に終わる長い儀式である*2。昔は祭の中で実際に、女の子を殺して喰ってたというから怖すぎる*3

 それはともかくマヨ祭で、女神を殺す男たちがどんな恰好をしていたかと言えば、こんな恰好だ(図1・2)。

f:id:calbalacrab:20180428143223j:plain図1 デマ*4

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図2 マヨ祭の少年たち*5
 衣裳はココヤシの葉*6

 図1が祭の主催者(その1人)で、「デマ」と呼ばれている。仮装がゴージャスすぎて、写真だけでは、植物仮装とは言い切れない(「ココヤシのデマ」とか「竹のデマ」とかの種類があるそうで、多分植物仮装だと思うが*7)。でも、儀式に参加する少年たち(図2)は、どう見ても植物仮装である。

 ちなみに、特に「ソソム」というデマは、毎年9~10月に村を訪れるそうだから*8、デマは一応来訪神でもあるということでいいのだろう。「ホピ族とネワール族と、マリンド=アニム族の来訪神」という論文*9でも、デマは来訪神に数えられている。

「女神を殺した時代(大昔)の祖先たちは、植物のお化けみたいなもんだった」
 と、マリンド=アニム族は思っていたらしい*10。日本やオーストリアなどにも、似たような信仰があることは第4回で書いた。

 少なくともニューギニアでは、「体から喰い物を出してくれる女神」を殺したのは、植物のお化けたち(来訪神を含む)である。スサノヲが殺したオホゲツヒメも、もちろん喰い物を出す女神だった。スサノヲは、ここでも植物魔人たちと、同じ役割を演じている。

 ということでオホゲツヒメ神話も、「スサノヲ=植物仮装来訪神」説に、有利な話とみていいのである。

*1:秋野和子・秋野亥左牟『とうもろこしおばあさん』福音館書店 1982年

*2:Karel A. Steenbrink, Catholics in Indonesia, 1808-1942, KITLV Press, 2007, p. 242.

*3:吉田敦彦『縄文土偶の神話学』名著刊行会 1986年 48ページ。

*4:Jan van Baal, Dema: Description and Analysis of Marind-Anim Culture (South New Guinea), Martinus Nijhoff, 1966.
http://www.papuaerfgoed.org/files/Van%20Baal_1966_Dema.pdf 

*5:同上。

*6:吉田敦彦『縄文土偶の神話学』名著刊行会 1986年 57・60ページ。

*7:吉田敦彦『縄文土偶の神話学』名著刊行会 1986年 口絵4・5と、100~101ページ。

*8:吉田敦彦『縄文土偶の神話学』名著刊行会 1986年 69~70ページ。

*9:Michael Witzel and Suma Anand, 'Visiting deities of the Hopi, Newar and Marind-anim', The Journal of the Traditional Cosmology Society, 28, 2012, pp. 19-55.
https://dash.harvard.edu/bitstream/handle/1/12646636/75701297.pdf;sequence=1

*10:吉田敦彦『縄文土偶の神話学』名著刊行会 1986年 60ページ。