神話とか、古代史とか。

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スサノヲとナマハゲ 15 - 動物仮装の来訪神

 ここまでは、植物に仮装する来訪神ばかりとり上げてきた。でも来訪神の中には、動物に仮装するタイプも少なくないのである。

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図1 熊男(右は「苔男」)*1

f:id:calbalacrab:20180719103844j:plain図2 ギッゲラー*2

f:id:calbalacrab:20180719104134j:plain図3 クケリ*3

 たとえばオーストリアブロッホツィーエン(丸太引き)という祭には、「熊男」(図1)や、ニワトリに仮装した「ギッゲラー」(図2)などが登場する。ブルガリアの祭「クケリ」(「クッケリ」とも)でも、いろんな動物(と言うか、ほぼ化物)に仮装した人々が練り歩くという(図3)。セルビアやその周辺にも、若者たちがオオカミに仮装する「ヴチャール」という祭があるそうだ*4

 日本では、来訪神と言えば植物仮装が主で、動物仮装はヴァリエーションが少ない。でも全然ないかと言えばそうでもなく、たとえば正月の獅子舞(図4)も、立派に動物仮装の来訪神である。

f:id:calbalacrab:20180719141600j:plain図4 獅子舞*5

f:id:calbalacrab:20180719220707p:plain図5 アッシリアの壁画*6

 ちなみにこの獅子舞、意外とルーツは古いらしい。紀元前9世紀のアッシリアの壁画にも、ライオンに仮装して踊る人物(らしきもの)が描かれてるそうだ(図5)。

 もちろんこれが日本の獅子舞と、関係あるかどうかはわからない。でも日本にライオンはいないから、獅子舞が外来の文化であることはたしかだ。神社の狛犬も下手すると、メソポタミアまでさかのぼれるそうだし*7、獅子舞がアッシリアから来ていても、別に不思議じゃない気もする*8

 ところで、動物仮装と植物仮装はどっちが古いのか? 土地によっても違うのかもしれないが、一般的にはどちらかと言うと、動物仮装の方が古そうだ。ここからはほぼ妄想だが、狩猟・採集の時代には、動物仮装ばっかりだったのではないか? でも農耕が始まると、植物の方が大事になってきて、植物仮装にシフトしたんだろうという気がする。

 「気がする」だけではさすがにアレなので、一応根拠も挙げておこう。図6は左右とも、トロワ=フレール*9洞窟(フランス)の壁画の一部である。約1万5千年前の絵だそうで、
「トナカイや野牛に仮装した人間じゃね?」
 とも言われている*10。これが当たりなら、動物仮装は少なくとも、1万年以上前までさかのぼれる。洞窟壁画に植物仮装の人物が描かれてるという話は聞かないし、動物仮装の方が古くからあった可能性の方が、ちょっとだけ高いと言えそうだ*11

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図6 左:「呪術師」/右:バイソンマン*12

 狩猟・採集の社会では、
「動物も自分たちの世界では、人間と同じ姿で、同じような生活をしている。ただ人間の世界を訪ねるときは、動物の毛皮をかぶってくる」
 と、信じられてることが多いらしい*13。動物に仮装した人々は、「毛皮をかぶって人里を訪ねる」動物たちを演じているのかもしれない。

 最後に、動物仮装と植物仮装の違いに触れておこう。動物仮装の来訪神たちも、決まった時期に現れて福を授けるわけで、やってることはほぼ、植物仮装のと変わらない。ただ、「子供を脅迫してしつける」という役割(第5回参照)は、比較的薄いようにみえる。
 これもごく大雑把に言えば、狩猟と農耕の違いによるのかもしれない。狩猟社会とくらべて農耕社会では、子供を労働力としてこき使う場面がかなり多い(われわれの世代も、「田植えを手伝わされて、嫌だったわ~」的な話を祖父母から聞いたりしたもんだ)。そのせいで、子供に言うこと聞かせたいという社会的な要請も、より強いのではなかろうか。

*1:https://www.schlosshotel-fiss.com/blog/wp-content/gallery/baer/Blochbaum2014-Andreas-Kirschner-0341.jpg

*2:http://www.bossenmaier.de/images/stories/fasnet/2018-fiss-blochziehen/2018-fiss-blochziehen-46.jpg

*3:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1e/%D0%9A%D1%83%D0%BA%D0%B5%D1%80%D1%81%D0%BA%D0%B8_%D0%BC%D0%B0%D1%81%D0%BA%D0%B8_%D0%BE%D1%82_%D0%9F%D0%B5%D1%80%D0%BD%D0%B8%D1%88%D0%BA%D0%BE.jpg

*4:ヴチャールについては、伊東一郎「スラヴ人における人狼信仰」(『国立民族学博物館研究報告』6巻4号 1982年)参照。ここからダウンロードできる。ちなみにアルファベットだと、ブロッホツィーエンはBlochziehen、ギッゲラーはGiggeler、クケリはKukeri、ヴチャールはVučarと書くらしい。

*5:http://www3.ic-net.or.jp/~shida-n/15_kamegasaki/image/maturi_5.JPG

*6:Brent A. Strawn, What is Stronger Than a Lion?, Vandenhoeck & Ruprecht, 2005, p. 490.

*7:MOTALLEBI Sharareh「ライオンと一角牛」(ここからダウンロードできる)など。

*8:獅子舞のルーツについては、中山太郎「獅子舞雑考」のほか、赤堀又次郎『読史随筆』69ページも参照した。

*9:アルファベットでは、Trois-Frères。

*10:西村三郎『毛皮と人間の歴史』紀伊國屋書店 2003年 17~18ページと、Julien D'Huy, 'Polyphemus: a Palaeolithic Tale?', The Retrospective Methods Network Newsletter, Department of Philosophy, History, Culture and Art Studies, University of Helsinki, 2015, p.55。

*11:ただし、図6左のいわゆる「呪術師」は保存状態が悪く、復元が間違っている可能性も普通にあると思う。小川勝「呪術説の諸問題」(『鳴門教育大学研究紀要』23号 2008年)参照。ダウンロードはここから。

*12:左:https://cortedeimostri.files.wordpress.com/2015/05/stregone-di-trois-freres-confronto-con-disegno.jpg/右:http://www.donsmaps.com/images31/bisonreindeermanflute.jpg

*13:荻原眞子「『人と動物の婚姻譚』の背景と変容」(松原孝俊ほか編『比較神話学の展望』青土社 1995年)参照。