神話とか、古代史とか。

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新版・世界の七不思議 21 - 長耳風習①アフリカ・アジア編

 前回
イースター島(ラパヌイ)の長耳風習は、南米から伝わったわけじゃなさそうだ」
 という話をした。もちろんそういう趣旨だから、イースター島と南米文化が中心で、その他は簡単に触れただけだ。今回は長耳風習そのものについて、もう少し深く考えてみたい。

 世界各地の長耳風習を調べてみて、まずわかったのは、耳たぶを長くする(=耳たぶに開けた穴を広げる)には、大きく分けて2通りの方法があるということだ。1つは、
「穴に筒形か皿形、または滑車状の物を入れる。これを少しずつ、大きなものにとり換えてゆく」
 というやり方で、「プラグ式」と呼んでおこう。

f:id:calbalacrab:20190928012414j:plain図1 プラグ式*1

もう1つは、
「穴に環状の物をぶら下げる。その重さで耳たぶを伸ばしてゆく」
 というものだ。こっちを「ウェイト式」と呼ぶことにする。

f:id:calbalacrab:20190928012707j:plain図2 ウェイト式*2

 上はやり方の違い方だが、目的の違いというのもあると思う。これもやっぱり2通りあって、1つは「耳たぶを長くすること」が、目的そのものではない場合だ。つまり目的はあくまでも、「よりゴージャスな耳飾りを着けること」にある。プラグ式なら、大きな耳飾りを着けるには、穴も大きくないと困る。ウェイト式でも、より多くの耳飾りを着けようとしたら、自然と重くなるから耳たぶが伸びる。どっちにしても、耳の長さは「手段」や「結果」であって、目的ではない。

 一方、「長い耳たぶがカッコいい」という美意識があって、それが目的になっている場合もあるだろう。プラグだろうがウェイトだろうが、それらは単に耳たぶを長くするための道具なので、装飾性はなくてもいい。つまりいわゆる耳飾りじゃなくて、ただの「筒」とか「輪っか」でも、構わないというタイプである。

 前者を一応「結果型」(「手段型」でもいいかもしれない)、後者を「目的型」と呼んでおこう。

 もちろんプラグ式とウェイト式、結果型と目的型は、厳密には区別できない場合もある。現役の風習だったらまだいいが、長耳風習がとうの昔に途絶えてる場合はなおさらだ。でもせっかく分類したことだし、以下ではなるべくこれを利用して、各地の長耳風習を分析してみよう。あとついでに、「男女どちらが主にやってるか」という点にも、あわせて注目していきたい。

① マサイ族ケニア

f:id:calbalacrab:20190928142853j:plain図3*3

 アフリカ大陸東部、ケニアの先住民である。ビーズで飾ってあるからちょっとわかりにくいが、耳たぶを長く伸ばしている。

f:id:calbalacrab:20190928150703j:plain図4 マサイの少年*4
 筒状の物で穴を広げ、充分伸びたら、ビーズなどで装飾するらしい。プラグ式だが、穴を広げるのに使う物は、木の棒とかプラスチック容器とか、なんでもいいようだ(図4)。どうみても、耳たぶを伸ばすことに重点があるから、目的型だろう。実際、長い耳たぶは、「知恵と尊厳のシンボル」とされているそうだ*5。ちなみに性別は関係なく、男女とも普通にやっている(図5)。

f:id:calbalacrab:20190928150833j:plain図5 同じく女性*6

 ② ムルシ族エチオピア

f:id:calbalacrab:20190928160435j:plain図6*7

 プラグ式だが、木のプレートを使ってるあたりが珍しい。ムルシと言えば、下唇にもプレートをはめていたことで有名だ(図7)。これはさすがにすたれたんじゃないかと思ってたが、いまでもやる人はいるらしい。

f:id:calbalacrab:20190928233017j:plain図7*8

 はめてるのはただのプレートで、装飾性はない。あくまで耳たぶを伸ばすための道具という位置づけのようだし、目的型だろう。プラグ式、目的型とくればマサイに似ているが、女性しかやらない*9点は違う。ケニアエチオピアはお隣同士だし、関係はあるかもしれないが。 

③ 古代インド

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図8 ウェイト式のシヴァ*10

 インドの長耳風習は、紀元前1千年紀(前1000~前1年)にはすでに行われていたらしい*11。女神像の耳も長いから(図9)、男女の区別はないのだろう。

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図9 パールヴァティ*12

 図8はウェイト式だが、たとえばチョーラ朝(9~13世紀)の神像の中には、きっぱりプラグ式の耳飾りを着けてるものもある(図10)。どうもインドでは、2つのやり方が混在してたらしい*13

 f:id:calbalacrab:20190928200754j:plain図10 プラグ式のシヴァ*14 

  仏像もそうだが、ヒンドゥー教の神像の中にも図9のように、耳飾りがないものがある。仏像は仏教の教義上、よけいな装身具はなくて当然という気がする。が、ゴージャスが売りのヒンドゥーの神が、わざわざ耳飾りをはずしているのは妙ではある。
  多分本来は、でっかい耳飾りこそが、ステイタスシンボルだったはずだ。でもいつのころからか、「その耳飾りを着けられる長い耳」の方も、富や権勢の象徴とみなされるようになったのではないか? とすれば、(もとはおそらく結果型だけど)目的型の側面も、生まれつつあったことになる。
 そんな感じで古代インドの場合、プラグ式ともウェイト式とも、また結果型とも目的型とも簡単には、割り切れないようなところがある。何しろ広いし歴史も古いから、当然と言えば当然だ。 

④ タミル族(インド)

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図11*15

 タミル Tamil族は、インド南部の先住民族だ。インドの支配的民族であるアーリア族の侵入(紀元前1500年ごろ?*16)以前から、インドにいたらしい。ちなみに前出の「チョーラ朝」は、このタミル族が興した王朝で、ヒンドゥー美術の名品を多く残している。
 タミル族の長耳風習はウェイト式で、女性しかやらない*17。古代インドでは男女を問わなかったはずだが、いつごろ変化したものだろう? ウェイト式は、耳たぶと耳飾りがともに目立つから、結果型か目的型かはわかりにくい。 

⑤ サオラ族(インド) 

f:id:calbalacrab:20190930154135j:plain図12*18

 インド東部、オリッサ州の少数民族で、言語的にはムンダ語派に属する。ムンダ語族のルーツは、中国南部か東南アジアにあると言われているそうで*19、サオラ Saora族も同じだろう。見た目もたしかに、東~東南アジア風だ。
 長耳風習が女性限定*20なのはタミルと同じだが、こっちはプラグ式。耳にはめてるのは木の棒などで、装飾性はない。写真を見る限り、はずしてることも多いようだし(図13)、目的型だろう。

f:id:calbalacrab:20190930154655j:plain図13*21 

⑥ カヨー族(タイ)

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図14
*22

 カヨー Kayaw族の長耳風習は、写真の通りプラグ式だ。耳飾りの形は滑車状で、これを身に着けた状態では、耳たぶはそれほど目立たない。目的型なら、長い耳たぶ自体が自慢のはずだから、多分結果型なんだろう。ちなみに女性しかやってない。 

⑦ 日本

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図15*23

 少なくとも、縄文時代の日本には長耳風習があった。カヨー族と同じくプラグ式で、耳飾りが滑車状なのも同じ。図の通り、非常にゴージャスな造りの物もある。これを着けてたら、耳たぶは目立たなさげだし、どちらかと言えば結果型だろう。男女どっちの墓からも、耳飾りは見つかるそうだから*24男女とも着けていたらしい。
 ちなみに、『日本書紀』(景行12年9月)によれば、大分県中津市にはその昔、「耳垂」と呼ばれる豪族がいた。また、『肥前国風土記』(松浦郡値嘉郷条)にも、五島列島の豪族として、「大耳」「垂耳」が登場する(3者とも、景行天皇の敵とされている)。その名前から、人工的に耳を長くしていた人々とする説もある*25。九州(その一部)では古墳時代くらいまで、長耳風習が続いていたのかもしれない。 

与那国島(日本)
 いまは日本だが、1522年まで独立国だったそうだから*26、一応別にした。
 1477年、済州島の遭難者が与那国島に流れ着いたらしい。のちに帰国した彼らが、こんな記録を残している。
「其の俗、耳を穿ち、貫くに青小珠を以てし、垂るること二、三寸許りなり。」*27
与那国島の人々は耳に穴を開け、小さな青玉をこの穴に通して、2、3寸ほど垂らしている。)
 耳飾りを垂らしていたのか、耳たぶ自体が2、3寸(約6~9センチ)垂れてたのかはっきりしないけど、後者なら、長耳風習があったことになる。多分ウェイト式だと思うが、結果型か目的型かは、この記録からはわからない。男女ともやっていたそうだ。 

⑨ ダヤク族インドネシアボルネオ島

f:id:calbalacrab:20190926203108j:plain図16*28

 ばりばりのウェイト式で、男女ともにやる(図16・17)。

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図17*29

 ただの重そうな輪っかとかじゃなく、ちゃんとした耳飾りのようだから、結果型と思えなくもない。が、まさかここまで目立たせておいて、
「耳たぶの長さなんて興味ないですよ~(笑)」
 ということはあるまい。結果型と目的型が少なくとも、半々くらいではなかろうか。 

海南島(中国)

f:id:calbalacrab:20190929000609j:plain図18*30

 海南島南シナ海の島で、位置的には、半ば東南アジアである(図18)。前回も書いたが、この島について『後漢書』(5世紀)「南蛮西南夷列伝」には、次のような記録がある。
其渠帥貴長耳、皆穿而縋之、垂肩三寸。」
 日本語に訳せば、
「この島の有力者は、長い耳を尊ぶ。皆、耳たぶに穴を開けて耳飾りを着け、肩に3寸垂らしている」
 というところか*31。少なくとも、後漢時代(紀元25~220年)の海南島には、長耳風習があったことになる。耳たぶが肩に3寸(当時なら約7センチ*32)もかかっていたのなら、ダヤク族級の長さである。
 プラグ式だと、耳飾りを着けた状態で肩には届かないだろうし*33ウェイト式だろう。「長い耳を尊ぶ」というくらいだから、目的型とみてよさそうだ。男の有力者はやってただろうけど、女性がどうだかはわからない。

 この調子でアメリカ大陸やオセアニア大洋州)の事例もとり上げたいところだが、長くなったから次にしよう。

*1:https://www.syl.ru/misc/i/ai/72626/91839.jpg

*2:https://i.pinimg.com/originals/4c/64/88/4c6488101a4aefe302a089bc5e5623b6.jpg

*3:https://farm9.static.flickr.com/8607/28396764001_51a07a55d5_b.jpg

*4:http://www.jardimcor.com/wp-content/uploads/2014/03/maasi_boy_lg.jpg

*5:Maasai Culture & History

*6:https://uy.emedemujer.com/wp-content/uploads/sites/4/2018/05/Kenya.jpg

*7:https://farm5.static.flickr.com/4145/4993185617_2c7d59707d_b.jpg

*8:http://www.africa-expert.com/wp-content/uploads/2014/05/mursi-woman-with-lip-plate.jpg

*9:The history of why people have stretched ears

*10:http://wadaphoto.jp/kikou/images3/ele25l.jpg

*11:The History of Stretching - Bodyartforms

*12:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e2/Queen_Sembiyan_Mahadevi_as_the_Goddess_Parvati_%28915582657%29.jpg

*13:「プラグ式で長くした耳に、耳輪をぶら下げる」という方式だったのかもしれないが。

*14:https://i.pinimg.com/originals/62/74/84/627484fd39c80fac14b3906994b5f7d7.jpg

*15:https://i.pinimg.com/originals/03/65/34/03653436993f9e29025b3f700e00c9e2.jpg

*16:インドの歴史 - Wikipedia

*17:Earlobe Stretching - Forgotten Culture of Tamil People

*18:https://live.staticflickr.com/3244/3015961813_876a5e8c8d_b.jpg

*19:Munda languages - Wikipedia

*20:An Ancient Culture Stretched Lobes

*21:https://c1.staticflickr.com/3/2017/2337907226_be82b47903_b.jpg

*22:https://i1.kknews.cc/SIG=1gikoo8/7o600084sn3rqp6r46s.jpg

*23:左:https://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/exhibition/special/2018/20180703jomon/uid000233_201806011929189cba4edb.jpg/右:https://pds.exblog.jp/pds/1/201007/26/54/a0133354_103271.jpg

*24:吉田泰幸「縄文時代における土製栓状耳飾の研究」『名古屋大学博物館報告』19号 2003年 46ページ。ここで読める。

*25:谷川健一『白鳥伝説』集英社 1986年 135ページ。

*26:与那国島 - Wikipedia

*27:智慧「移動と漂流史料における民族の接触と文化類縁関係」『地理歴史人類学論集』1号 琉球大学法文学部 2010年 43~61ページ。ここで読める。

*28:https://i.pinimg.com/originals/3c/f6/4b/3cf64b566adad5837f27f3369de7feb4.jpg

*29:https://steemitimages.com/p/MG5aEqKFcQi5xsGsTf2KJMpNc8YoFnbdvBW2nSQV7WyG1qhNdt4XWRyRMqE4K93xVLrkN7VJTFCfYSqPQ7wjpQyPgLciVQofU?format=match&mode=fit

*30:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b8/%E6%B5%B7%E5%8D%97%E5%B3%B6-%E4%BD%8D%E7%BD%AE%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg

*31:読み下し文だと、「其の渠帥(きょすい)長耳を貴び、皆穿ちて之に縋(つな)ぎ、肩に垂れること三寸」。謝銘仁『邪馬台国 中国人はこう読む』立風書房 1983年 179ページ参照。

*32:参考: 中国各時代における単位表

*33:中には例外もある。リクバクツァ族(エクアドル)の男性とか。