釣手土器の話 27 - むしろノヅチの話(下)
前回に続き、ツチノコ(ノヅチ)の正体について、思いつく限り仮説を立てようという話である。まずとり上げるのは、「②ヤマカガシの突然変異」説だ。この説を語るには、17年前の事件から始める必要がある。
2000年5月21日、岡山県吉井町(現・赤磐市)で、太短い奇妙なヘビが目撃された。数日後に死体が発見され、いったん土に埋められたものの、「ツチノコだったんじゃないか」という話になって、掘り出された。死体はかなり損傷していたが、たしかにツチノコっぽい形ではあった。
でも川崎医療福祉大学で鑑定してみると、これはヤマカガシの死体だった。ヤマカガシは、マムシやハブより強い毒をもつおっかないヘビだ。
これだけなら、
「ヤマカガシが奇形か病気かで、たまたまツチノコっぽい形になっていたんだろう」
ということで済む。でもヤマカガシとツチノコの関係を示す事例は、ほかにもある。
中国・四国地方では、「トウビョウ」というヘビの妖怪の存在が語り継がれてきた。柳田国男によればこの妖怪、
「形はカツオ節と同じで、長さが短く、中ほどが非常に太い」*1
と言うから、ツチノコそっくりだ。
でも、トウビョウについては一方で、「首に黄色の輪がある」という言い伝えもあって*2、これはヤマカガシによく似ている。ヤマカガシも、
「頸部背面には黄色の帯があり、幼体でより鮮やかで、成長するにつれてくすんでくる」*3
という。黄色い輪があるトウビョウは、ヤマカガシとみて間違いないだろう。
※ここでヤマカガシの写真を貼りたいところだが、ヘビ嫌いな人は多いし、やめておく。平気な人はリンク先へどうぞ。
つまりトウビョウは、ツチノコのようでもあり、同時にヤマカガシとしか思えない特徴ももっているのである。岡山の事件と合わせて考えると、ヤマカガシにはもしかして、
「突然変異で、ツチノコっぽい形になりやすい」
という特性があるのではないか? ツチノコ(ノヅチ)は、ヤマカガシの突然変異がベースになって、生まれた妖怪かもしれない。ノヅチが(多分)縄文時代から、姿を変えていないことも、これで一応説明がつく。
ここで終わってもいいのだが、もう1つ仮説を立てておこう。「③ツチノコ=元型的イメージ」説である。
元型的イメージは、ユング心理学で使われる言葉だ。カール=グスタフ=ユングは、現代人の夢や幻覚に、古い神話によく似たイメージがちょいちょい現れることに気づいた。で、
「人間の精神の中には、全人類が共有する領域(「集合的無意識」)があるのではないか」
という仮説を立て、その集合的無意識に、イメージの源(「元型」)が貯蔵されてるとみたのである。元型的イメージとは元型が、夢や幻覚として現れたものだ*4。要するに、頭で想像したものではなく、「本能と言うか、DNAに刻まれたイメージ」のことだと思えばいい。
ツチノコも、この元型的イメージの一つではないか? 人類(特に、日本人の一部?)には、「太短いヘビ的なもの」という元型が共有されており、たまにその幻覚を見ることもあるんじゃないのという見方だ。
もちろん、集合的無意識も元型も、手にとって見せられるもんじゃないから、証明しようのない話である。下手したら、
「よくわからないものの正体を説明するために、さらによくわからないものをもち出す」
というよくあるパターン*5になりかねない。
でも私的には3つの仮説の中で、これが一番アリなんじゃないかと思っている。というのは昔、その裏づけになりそうな夢を見たことがあるからだ。
小学校の高学年か、中学生のころだ。夢の中で、山中の斜面を歩いていた。たしか右手が登り坂、左が下り坂で、斜面を横切ってゆくのである。で、右の斜面の上から次々と、丸太みたいにヘビが転がってくる。2メートルくらいはあるヘビで、胴体が太い(そのせいで転がりやすいのだろう)。これが途中でバウンドし、頭にぶつかるくらいの高さで飛んでくるのである。頭を下げてやり過ごしたり、ときどきぶつかったりしながら、歩き続けるという夢だった。
胴体が太いところはツチノコっぽいが、2メートルもあるヘビだから、そのときはツチノコと結びつけて考えなかった。江戸時代の『信濃奇勝録』に、
「ノヅチ(ツチノコ)は斜面を横切ろうとすると、転がってしまって進めない」*6
と書いてあることを知ったのは、かなり後の話である。
図2 蚺蛇*8
※『想山著聞奇集』(1850年)の「蚺蛇(ぜんじゃ)」。夢に出てきたヘビは、これに近い。ちなみにこの本によれば、ノヅチも蚺蛇の仲間である*9。
「ツチノコは横に転がる」という話を全然知らないのに、なぜ夢の中に、「横に転がる胴の太いヘビ」が出てきたのか? これはやはり、本能に刻まれたイメージ(元型的イメージ)の中に、そういうものがあるからじゃないかと思うのだ。
もちろん夢の話だから、実際そんな夢を見たという証明はできない。夢を見る前に、「横に転がるヘビ」の話をたまたま聞いていて、その記憶が再現されただけ――という可能性もなくはないだろう。
でも見たことは事実だし、『信濃奇勝録』くらいにしか載ってない話を、事前に知りえた確率は低い。というわけで、せめてこの場では*10、「ツチノコ=『横に転がるヘビ』=元型的イメージ」説を、やんわり推しておきたいと思う。
*1:原文は、「其形は鰹魚節と同じく、長短くして中程が甚だ太い。」
*2:以上、伊藤龍平『ツチノコの民俗学』青弓社 2008年 91~96ページ。
*4:たとえば、C・G・ユング『空飛ぶ円盤』筑摩書房 1993年 219ページ参照。
*5:謎の古代遺跡について、「宇宙人の仕業」で片づけたりする例のアレだ。
*6:原文は、「岨(そば)坂を横きるときは、転(まろ)ひ落て行事ならす。」伊藤龍平『ツチノコの民俗学』青弓社 2008年 13ページ参照。
*7:井出道貞『信濃奇勝録』巻1 1834年より。ここで閲覧できる。写真は「巻之1」、14コマ目。
*8:三好想山『想山著聞奇集』巻3 1850年より。ここから全文、ダウンロードできる。写真は「巻3後半」、11ページ。
*9:伊藤龍平『ツチノコの民俗学』青弓社 2008年 29~30ページ。
*10:実際、ブログか呑み屋くらいでしか、主張できない説ではある。