新版・世界の七不思議 11 - メスカルティタンとグラストンベリ=トール
「世界の七不思議」候補のうち、クラスC*1の紹介もこれで終わりである。最後は「⑨メスカルティタン(メキシコ)」と「⑩グラストンベリ=トール(イギリス)」の話。
⑨ メスカルティタン(メキシコ)
メスカルティタンは遺跡と言うか、湖に浮かぶ小島である。面積は0.0682 km²だそうだから*2、 1辺260mの正方形とほぼ同じだ。
なんかこう、普通じゃない島だということは、写真でわかってもらえると思う。ぐるっと楕円形の道路があって、そこへ十字に直線が走り、街の区画は放射状である。形的にはアイルランドに多い「ケルト十字」(図1)によく似ている。
「自然に人が住みついて、なんとなく街ができました」で、こんな形になるわけがない。最初に誰かが図面を引いて、きっちり仕上げたとしか思えない。多分島自体の形にも、手が加えられているだろう。
図2 アストランからの旅*4
かつて中米にアステカ帝国(1428年ごろ~1521年)を築いたアステカ族は、「アストラン」*5という島から来たと言われている(図2)。アストランは所在不明だが、このメスカルティタンこそ、それじゃないかという説もある*6。実際、アステカ帝国の首都・テノチティトラン(図3。現在のメキシコシティー)も、湖に浮かぶ巨大な(半人工の)島だった。メスカルティタンを去ったアステカ族が、故郷の島をモデルにしてテノチティトランを築いたというのは、たしかにありそうなことではある。ちなみに、テノチティトランの面積は8~13.5 km²(推定)*7だから、メスカルティタンよりずっとでかい*8。
図3 テノチティトラン(想像図)*9
ただこのメスカルティタンは残念なことに、いつごろ築かれたかはっきりしていない。スペインに侵略された後(16世紀以降)なら記録があるはずだから、それより古いのはたしかだと思うが、どこまでさかのぼれるかは不明なのだ。発掘すればわかりそうだけど、メスカルティタンには、現役で人が住んでいる。写真を見る限り、空き地もほとんどないようだし*10、掘り返すのはなかなか難しいだろう。
ある程度時代がわからないと、遺跡としての評価はできにくい(と言うか厳密には、遺跡なのかどうかもわからない)。楽しい島なのはたしかだが、いまのとこクラスCである。
⑩ グラストンベリ=トール(イギリス)
アルファベットだと、「Glastonbury Tor」と書く。英語だし、「グラストンベリ=トー」と読むのが正しい気もするが、呼びにくいから「トール」にしておこう。イギリス南西部、サマセット州の小さな丘(海抜145m)であり、「tor」というのも「丘」(または、「背の高い岩」)を意味している*11。ちなみに頂上に見えるのは、天使ミカエルの教会(図4)だ。
図4 聖ミカエル教会跡*12
これもメスカルティタンと同じく、遺跡と呼べるのかどうかは微妙である。ただもしこれが遺跡なら、すごく面白いとは思うので、どうか遺跡であってほしい。そんな願望込みで、候補に入れてみた。
もちろん、特に階段状になってるあたりが、人工的なのは間違いないだろう。でも昔は、ただの段々畑か何かと思われてた。話が変わってきたのは、1966年のことだ。ジェフリー=ラッセルという人が、グラストンベリ=トールは全体として、いわゆる「クレタ型迷宮」の形になってると言い出したのである*13。
図5 クレタ型迷宮
クレタ型迷宮とは、図5のような図形だ。このブログのアイコンにも使ってるから、見憶えある人もいるだろう。地中海のクレタ島*14で見つかったコイン(紀元前400年ごろ*15。図6)にも刻印されており、「クレタ型」の名も伊達ではない。
実はこれ、世界中で結構古くから描かれてきた図形である。インドでは、『マハーバーラタ』という叙事詩に出てくるし(図7)、北米先住民・ホピ族も、母なる大地のシンボルとして使っていたらしい*17。いまのとこ一番古いのは、ガリシア渓谷(スペイン)の岩絵(図8)で、紀元前2000年ごろのものだと言われている*18。多分だが、1ヵ所で生まれて広まったと言うより、人類が生まれながらにもっているイメージの1つなんだろう*19(こういうのを「元型的イメージ」という。くわしくは、ここ参照)。
図7 インドの迷宮図*20
で問題は、グラストンベリ=トールが本当に、クレタ型迷宮になってるのかどうか、ということだ。この証明は難しいが、実際歩いてみた人によると、たしかにすんなり迷宮図の通り、歩けるようにはなっているらしい*22(図9)。
図9 トールと迷宮図*23
※ 左に「チャクラ」が描かれてるところをみると、オカルト団体か何かがつくった地図?
もしこれが、自然の丘を削って造った「立体迷宮図」だとしたら、いつごろ築かれたものだろう? がっつりした証拠はないものの、新石器時代から青銅器時代(イギリスでは、紀元前4300~750年ごろ*24)あたりじゃないのという見方が有力だ。ストーンヘンジ(第2回参照)とかが造られたのと同じころで、当時の技術水準なら、これくらいの工事はできただろう*25。
もちろんいまのとこ、これが迷宮だとか、先史時代の遺跡だとかは、考古学的に証明されてない。だからクラスCにしたわけだけど、このグラストンベリ=トールについては、ちょっと気になる伝説がある。トールの内部に、「アンヌヴン」*26――ケルト神話の冥界があるという話だ。7世紀、トールのふもとに住んでた聖コフレンは、アンヌヴンの城へ招かれた。お城から現世に戻ってみたら、トールのてっぺんにいたと言われている*27。
これがなぜ重要なのかと言えば、クレタ型迷宮はたいていの場合、「あの世への旅」のシンボルとされているからだ*28。グラストンベリ=トールが迷宮なら、アンヌヴン(死後の世界)と同一視されても不思議はない。その昔、迷宮として使われてたという記憶から、こういう話になったのではないか?
そんなこんなで、「トール=立体迷宮説」はまだ証拠不充分ではあるけれど、どうにも捨てがたいから紹介した。
今回で、「世界の七不思議」候補(全28ヵ所)についてはひと通り、紹介し終えたということになる。次回からこれを7つに絞っていきたいが、いまのとこ、ちゃんと絞れるという気があまりしない。
*1:クラスCの顔ぶれは、「 ①クノッソス宮殿(ギリシャ)」「②ペトラ(ヨルダン)」「③サン=アグスティン(コロンビア)」「④兵馬俑(中国)」「⑤万里の長城(中国)」「⑥三星堆遺跡(中国)」「⑦オルメカの巨石人頭像(メキシコ)」「⑧飛鳥の石造物(日本)」「⑨メスカルティタン(メキシコ)」「⑩グラストンベリ=トール(イギリス)」。
*2:https://www.citypopulation.de/php/mexico-nayarit.php?cityid=180150038
*3:https://derek.broox.com/photo/ireland/full/19477/celtic-cross-gravestone-a.jpg
*4:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/eb/Aztlan_codex_boturini.jpg
*5:アルファベットだと、Aztlán。ちょっと「アトランティス」に似た名前だが、偶然だと思う。
*8:117~198倍くらい。
*9:https://turismotravelmexico.files.wordpress.com/2015/02/aztecas-tenochtitlc3a1n.jpg
*10:余計なお世話だが、建物がこんな密集するほど、産業がある島なのか?
*11:Glastonbury Tor - Wikipedia
*12:https://i.pinimg.com/736x/49/ae/99/49ae993dd14e1df9d58aec58897d23be--glastonbury-somerset-st-michael.jpg
*13:ピーター=ジェイムズほか『古代文明の謎はどこまで解けたか(2)』太田出版 2004年 30~32ページ。フランシス=ヒッチング編『ミステリアス(3)』大日本絵画 1993年 218・220~221ページも参照した。
*16:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/db/Knossos_silver_coin_400bc.jpg
*17:ジル=パース『イメージの博物誌(7)螺旋の神秘』平凡社 1978年 111ページ。
*19:クレタ型迷宮については、フランシス=ヒッチング編『ミステリアス(3)』大日本絵画 1993年 210~222ページも、参考にはなる(ちょっと怪しげな本だけど)。
*20:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/44/Abhimanyu_kill_in_Chakra-vyuha_of_karvas_%2C_made_by_mughal_artists_Daswanth_and_tara.jpg
*21:https://i.pinimg.com/originals/7c/5b/3c/7c5b3c34fac0d774d21f9d07b44c69bb.jpg
*22:ピーター=ジェイムズほか『古代文明の謎はどこまで解けたか(2)』太田出版 2004年 33~35ページ。
*23:https://www.lifespiritconnections.com.au/wp-content/uploads/2016/09/labyrinth-map-glastonbury-tor.jpg
*24:Prehistoric Britain - Wikipedia
*25:ピーター=ジェイムズほか『古代文明の謎はどこまで解けたか(2)』太田出版 2004年 34・36ページ。
*26:「アンヌン」とも。
*27:16世紀の『聖コフレンの生涯』に書いてあるそうだ。