神話とか、古代史とか。

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釣手土器の話 18 - 日本の雷神はだいたいヘビ

 で、イザナミの死体に生じた「八雷神」が、ヘビかどうかという話である。これについては日本の古い文献に、雷神が実際ヘビとして描かれた話がいくつかある。まずは『日本書紀』から、小子部蜾蠃(「ちいさこべのすがる」と読む)という人が、三輪山の神を捕まえてくる場面をみてみよう。

 雄略天皇(5世紀後半)のころ、小子部スガルという豪傑がいた。雄略はあるときこの人に、
「三諸岳(三輪山)の神を見たいから、連れてこい」
 と言う。スガルは三輪山で大蛇を捕らえ、連行した。大蛇は雄略の前に出ると、「虺虺(ひかりひろめ)」かせ、目を光らせて威嚇した。雄略はびびって逃げ隠れ、大蛇を三輪山へ返させたという。
(雄略紀7年7月)

 「虺虺」とは「雷鳴をとどろかせる」という意味だから*1、この大蛇は雷神なんだろう。ちなみにこの逸話、ギリシア神話にある次のような場面によく似ている。

「エウリュステウス王はヘラクレスに、地獄の番犬・ケルベロスを連れてこいと言う。ヘラクレスが実際連れてくると、王はびびって壺に逃げ込んだ。」(図1)

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図1 ケルベロス VS エウリュステウス*2

 部下に無茶振りするときは、相手を見た方がいいということだ*3

 また、『常陸国風土記』にはこんな話もある。

 ヌカビコ・ヌカビメという兄妹がいた。妹がある日ヘビを産み、このヘビは日に日にでかくなる。「養いきれないから、父(神)のとこへ行け」とヌカビメが言うと、ヘビは「子供を1人、同行させてほしい」と言う。うちは兄妹2人だけだから、と母に断られ、ヘビは内心かなりキレた。で、いよいよ昇天というときに、伯父を腹いせに「震殺(ふりころ)」した。
(那賀郡茨城里)

 「震殺す」とは、「雷撃で殺す」ことだそうだ*4。雷を落とせるくらいだから、このヘビも雷神にちがいない。

 少なくとも、記紀風土記の時代――8世紀以前の日本では、雷神はおおむねヘビとしてイメージされていたのだろう。となるとやはり、イザナミ神話の八雷神も、ヘビだった可能性が高いということでいいと思う。

 ちなみに「八雷神=ヘビ」というのは、割と一般に言われてることで、別に珍しくもなんともない。いくつか(と言うか、3つだが)例を挙げておこう。

福島秋穂
「……八雷神(八色雷公)の登場する話が創作された原初段階において、創作者が其の実体を如何なるものと考えていたのかは判然としないが、(中略)其の実体が蛇であるとされていた可能性は極めて大きい。」*5

篠田知和基
イザナミも雷神が体にたかっていたという描写は腐敗した死体に蛆がたかった様子でもあろうが、神話的にはやはり、雷、すなわち蛇神として現れたことで、ペルセポネやメリュジーヌと同じ蛇の系譜である。」*6

阿部真司
「……八つの雷には天から霹靂するというあの雷のイメージはない。それより腐爛した死体にまとわりついた『蛇』が目をかがやかせている姿の方がふさわしい。」*7

  ほかには折口信夫津田左右吉も、だいたい似たことを言っているらしい。ついでにとり・みきの漫画『石神伝説(1)』(文藝春秋)でも、八雷神はやはりヘビとして描かれてたものだ。

 ところでなんでさっきから、「八雷神=ヘビ」を熱心に推すのかと言えば、もちろん釣手土器につながってくる。田中基氏の説によれば、曽利や御殿場の釣手土器(その裏側)に見られる逆立った髪の毛みたいなパーツは、ヘビを表しているという*8(図2。第3回参照)。これが実際ヘビならば、釣手土器裏側の「目ばかりの顔」は、八雷神(ヘビ)がたかったイザナミの姿に、かなり接近してくるのである。

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図2 左:曽利出土/右:御殿場出土*9

*1:黒沢幸三『日本古代の伝承文学の研究』塙書房 1976年 197ページ。

*2:http://vignette2.wikia.nocookie.net/greekmythology/images/8/83/Kerebrus.jpg/revision/latest?cb=20150405224349

*3:無茶振り自体をやめれば、さらにいい。

*4:秋本吉徳『常陸国風土記講談社 2001年 149ページ。「震殺」の読み方には諸説あるが、ここでは『日本古典文学大系(2)風土記岩波書店 1958年 81ページによった。

*5:福島秋穂『記紀神話伝説の研究』六興出版 1988年 109~110ページ。

*6:篠田知和基『竜蛇神と機織姫』人文書院 1997年 83ページ。

*7:阿部真司『蛇身伝承論序説』新泉社 1986年 94ページ。

*8:田中基「メデューサ型ランプと世界変換」(『山麓考古』15号 1982年)。田中氏には、『縄文のメドゥーサ 』(現代書館 2006年)という著作もある。

*9:左:『井戸尻 第8集』富士見町井戸尻考古館 2006年より。/右:http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/158078

釣手土器の話 17 - 死んだイザナミと八雷神

 特にここからはイザナミ神話が重要になるので、その内容をまとめておく。なお、最初にお断りしておくと、今回は字ばっかりだ。

 イザナミは、イザナギという神と結婚し、日本列島その他を産み出した。でも最後に火の神(カグツチ)を産んだので、焼け死んでしまう。

 妻を失ったイザナギは怒り、迷わずカグツチの首をはねる(酷)。で、イザナミを連れ戻そうと、黄泉国(死後の世界)へ向かった。

 黄泉国でイザナギは、「帰ってきてくれ」とイザナミに頼んだ。イザナミは、
「なんとかならないか、こっちの神様と相談してみるわ。でもその間、明かりをつけて私を見ちゃ駄目よ?」
 的なことを言う。こういう場合のお約束で、もちろんイザナギは見るのである。

 さっきまで普通に話していたイザナミだが、明かりをつけるとどういうわけか、腐乱死体である。イザナギはとっとと逃げ出して、追いかけられてもなんとか逃げ切って、黄泉国の入り口を巨石でふさいだ。

 イザナミは怒り心頭で、
「あんたがそういう態度なら、毎日地上の人間を、1000人くびり殺してやる!」
 と、怖いことを言う。イザナギは、
「じゃ、こっちは毎日1500人ずつ生まれるようにするわ」
 と言って、イザナミとは喧嘩別れした。以来イザナミは、「黄泉津(よもつ)大神」=黄泉国の支配者と呼ばれるようになったという。

 要するにイザナミという人は、あらゆる生命を産み出した母なる女神であるとともに、容赦なくこれを回収する死に神でもある。典型的な大母神であり、心理学とかで、グレート・マザー(太母)と呼ばれる例のアレだ。ここからは、死の女神としてのイザナミに注目して話を進めよう。

「釣手土器裏側のデザインには、死んだイザナミのイメージに近いものがある」
 と、前回で書いた。ではその死んだイザナミは、どのような姿だったのか? もちろん死んでいるわけだから、普通に腐ったりウジが湧いたりしてたのだが、『古事記』『日本書紀』によれば、どうもそれだけではないらしい。イザナミの死体からは、「八雷神」と呼ばれる謎の神々が発生していたと言われている。

 頭には大雷居り、胸には火雷居り、腹には黒雷居り、陰には析雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴雷居り、右の足には伏雷居り、あはせて八の雷神成り居りき。
(『古事記』)

 首に在るは大雷と曰ふ。胸に在るは火雷と曰ふ。腹に在るは土雷と曰ふ。背に在るは稚雷と曰ふ。尻に在るは黒雷と曰ふ。手に在るは山雷と曰ふ。足の上に在るは野雷と曰ふ。陰の上に在るは裂雷と曰ふ。
(『日本書紀』)

 頭と胸が、それぞれ「大雷」と「火雷(ほのいかづち)」で、性器が「さくいかづち(析雷/裂雷)」なのは、『古事記』も『日本書紀』も同じである。それ以外は発生した場所とか名前とかがいろいろ違ってるが、とにかくどちらも8柱の雷神がいたのは変わらない。

 この雷神さんたちのヴィジュアルについて、記紀に具体的な描写はない。が、これはどうやらヘビの神だったのではないかと言われている。というところで、長くなったので、ここまでにしよう。

釣手土器の話 16 - ところであなたは死んでますか?

 釣手土器の裏側(窓が複数ある方)は、多くの場合顔になっている。それはいいとして、なぜこんな変わった顔なのか?

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図1 左:大深山出土/右:御所前出土*1

 釣手土器背面のデザインとして、一番多いのはいわゆる「目ばかりの顔」だ(似たようなものは、顔面把手の裏側にもときどき現れる)(図1)。ときにはひょっとこのような顔だったり、双面だったりすることもある(図2)。

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図2 左:井荻三丁目出土/右:穴場出土*2

 なんにせよ、この時代の普通の土偶や顔面把手(表側。図3)とは、見るからに違うデザインだ。

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図3 左:棚畑出土/右:海戸出土*3

 この事実は、
「釣手土器の裏側は、死んであの世の支配者になった女神(のちのイザナミ)の顔を表す」
 という田中基氏の仮説(第3回参照)にとって有利である。

 ただ、文様解読でわかるのは、「何やら異様な顔だよね」というところまでだ。そこから一歩進めて、「これがほんとに死者の顔なのか?」をたしかめようと思ったら、ちょっと(どころでなく)難しい。

 釣手土器(特に顔面把手付のもの)の表側については、「火を出産する女性を表してるらしい」と、割と突っ込んだ結論を得ることができた(と、思う。第4回参照)。でもこれは、出産の様子を描いたことが丸わかりのサンプル(御所前顔面把手付土器。図4)があるからできたことだ。

f:id:calbalacrab:20170409211346j:plain図4 御所前出土*4

 一方裏側については、「縄文人が、死者をどのように表したか」というたしかなサンプルがないから、文様解読という手は使えない。「死んだ女神を表す」というのは、一つの有力な解釈だが、唯一ではない。
「トランス状態で、表情が一変したシャーマンを表す」
 とか、
「何かの動物に仮装した女性の姿だろう」
 とか、そういう解釈も普通にアリだろう。

 ただ、
「釣手土器裏側のデザインには、死後のイザナミのイメージに近いものがある」
 というところまではなんとか言えそうだ。ここからは、そのあたりの話で細々と、しめやかにつないでいくことにしよう。

*1:左:http://content.swu.ac.jp/rekibun-blog/files/2012/05/PB130363.jpg/右:森浩一『図説日本の古代(2)木と土と石の文化』中央公論社 1989年より。

*2:左:江坂輝彌ほか編『古代史発掘(3)土偶芸術と信仰』講談社 1974年より。/右:諏訪市博物館の絵はがきより。

*3:左:茅野市教育委員会『棚畑』1990年 より。/右:『縄文時代展』福岡市博物館 1995年より。

*4:『八ケ岳縄文世界再現』新潮社 1988年より。

釣手土器の話 15 - ふくらんだところが窓になる

 釣手土器のデザインはだいたいにおいて、顔面把手(付土器)をリスペクト(?)していることが多い。第4回以来、しつこく書いてきたことだが、改めておさらいしておこう。

 まず曽利遺跡の釣手土器(図1右)は、御所前顔面把手付土器(同左)の「胎児」の顔の部分を窓にしたようなデザインだ(第4回参照)。

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図1 左:御所前出土/右:曽利出土*1

 より一般的な釣手土器(顔面把手がないもの)だと、顔面把手の顔にあたる部分が窓になっている(図2。第5回参照)。私が勝手に、「顔面把手ブチ抜き型」と呼んでいるアレだ。

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図2 左:海道前C出土/右:大深山出土*2

 そして釣手土器の背面も、やはり顔面把手の裏側に見られる奇妙な顔――一応「目ばかりの顔」と呼んでいる――の、目の部分を窓にすることで成立したらしい(図3。第13回など)。

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図3 左:富士見台出土/右:大深山出土*3

 こうしてみると、釣手土器のデザインには、一定の法則があるようにみえる。

 まず、顔面把手の顔の部分はたいていの場合、横から見ると半球状に盛り上がっている。それはもちろん、「胎児」の顔についても言えることだ(図4)。

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図4 左:海戸出土/右:御所前出土*4

 背面の「目ばかりの顔」にしても、表側ほどではないものの、やはり目の部分は丸くふくれている(図5)。

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図5 左:御所前出土/右:富士見台出土*5

 つまりどうやら釣手土器は、表裏とも、「顔面把手(付土器)のふくらんだところをブチ抜いて、窓にしたような」デザインになっているのである(図6~8)。

f:id:calbalacrab:20170313215043j:plain図6 顔面把手付釣手土器の場合

f:id:calbalacrab:20170313215211j:plain図7 普通の釣手土器の場合

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図8 釣手土器背面の場合

 この「ふくらんだところをブチ抜く」というコンセプトは、また後でとり上げることになると思うので、心に留めておいていただきたい。

*1:左:『八ケ岳縄文世界再現』新潮社 1988年より。/右:『井戸尻 第8集』富士見町井戸尻考古館 2006年より。

*2:左:https://www.pref.yamanashi.jp/maizou-bnk/topics/101-200/images/kaodoumaehanakokakudai1.jpg/右:http://line.blogimg.jp/kondaakiko/imgs/2/2/22598148.jpg

*3:左:拙論「吊手土器の象徴性(上)」(大和書房『東アジアの古代文化』96号 1998年)より。/右:http://content.swu.ac.jp/rekibun-blog/files/2012/05/PB130363.jpg

*4:右:http://livedoor.4.blogimg.jp/vipsister23/imgs/6/e/6e3444ca.jpg

*5:左:森浩一『図説日本の古代(2)木と土と石の文化』中央公論社 1989年より。/右:拙論「吊手土器の象徴性(上)」(大和書房『東アジアの古代文化』96号 1998年)より。

釣手土器の話 14 - 双面、または3面の土器

f:id:calbalacrab:20170228155323j:plain図1 穴場出土*1

 穴場遺跡の釣手土器はその背面(窓が複数ある方。図1)に、「目ばかりの顔」を2つ並べている。ここまでは、前回書いた通りである。これに似たような例としては、藤内遺跡(長野県富士見町)や東吹上遺跡(群馬県高崎市)出土の釣手土器がある(図2・3)。

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図2 藤内出土*2

f:id:calbalacrab:20170303231346j:plain図3 東吹上出土*3

 どっちも裏側がきれいに二分され、それぞれ目のような窓がある(藤内の方は、左側が大きく欠けていてちょっとわかりにくい)。穴場釣手土器の例からみて、これらも背面に、2つの顔をもっているのだろう。特に東吹上の方は、窓の下にそれぞれ突起があり、鼻を表してるように見える。面白いのは、穴場釣手土器にもよく見れば、同じ位置に突起があることだ(図4参照)。

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図4

 「目ばかりの顔」に鼻があるのは珍しいが、位置的に鼻としか思えない。これが鼻なら、これらの釣手土器の背面はやはり、「2つ並んだ顔」ということで間違いなさそうだ。

 上の3つとは毛色が異なるが、ここでもう1つ、裏が双面になっている釣手土器を紹介しておこう。神奈川県寒川町、岡田遺跡の出土品だ(図5)。

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図5 岡田出土*4

  これは一見、割と一般的なタイプの釣手土器である。つまり表に窓が1つ、裏に窓2つ。表は女性(女神?)の顔面が窓になっており、裏は「目ばかりの顔」になる。そういう釣手土器があることは、第5回6回でみた通りだ。たとえば長野県川上村、大深山遺跡の釣手土器(図6)などは典型的である。

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図6 大深山出土*5

 でも岡田遺跡のものは、これらとは微妙に違っている。よく見れば、裏側がきれいに二分され、左半分と右半分が、まったく同じつくりなのだ。これは多分、「顔面把手ブチ抜き型」(第5回参照)の女性の顔が計3つ(表に1つ、裏に2つ)、並んでる形なのだろう。ちょっと変則的なデザインではあるが、これも「裏が双面の釣手土器」の仲間に入れていいと思う。

 これだけいくつも例がある以上、裏側に2つの顔を並べた表現は、ただの気まぐれなどではなさそうだ。何か意味のあるデザインなのだろうが、こればかりはどうもわからない。論文(「吊手土器の象徴性」。くわしくはこちら)でも、話がややこしくなりそうで、この件には一切触れなかった。双面の意味についてはまた、別に考えてみることにしたい。

*1:諏訪市博物館の絵はがきより。

*2:上川名昭『甲斐北原柳田遺跡の研究』巌南堂書店 1971年より。

*3:『東吹上遺跡』群馬県立博物館 1973年より。

*4:http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/206871

*5:左:http://line.blogimg.jp/kondaakiko/imgs/2/2/22598148.jpg/右:http://content.swu.ac.jp/rekibun-blog/files/2012/05/PB130363.jpg

釣手土器の話 13 - 穴場遺跡の釣手土器

 この2回ほど脱線したが、ここで釣手土器背面の話に戻ろう。

 第6~10回で、釣手土器の背面が(多くの場合)顔なんだろうな、と思わせる状況証拠をいくつか挙げてきた。自分的にダメ押しと言うか、とっておきの証拠として推したいのは、穴場遺跡(長野県諏訪市)から出た釣手土器だ(図1)。

f:id:calbalacrab:20170228155323j:plain図1 穴場出土*1

 左右の丸い把手は復元されたものだが、それ以外はほぼ完全な形で出土した。ちなみにこれ、数ある縄文土器の中でも、最も完成度が高いものの一つだと思う。諏訪市有形文化財に指定されてるが、これが重要文化財や、国宝でないのは納得がいかない。
 諏訪市博物館に展示されてるので、機会があればぜひ見学をおすすめしたい。筒状のケースに入っていて、全方位から観察できるのも嬉しい。

 さてこの釣手土器を、御所前顔面把手背面の「顔」と比較してみよう(図2)。

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図2 左:御所前出土/右:穴場出土*2

 ここでは特に「両目」の間から、「眉間」にかけての模様に注目だ。
「2つの円にはさまれたひし形の模様が2つの三角形に連なり、さらにその三角形が2つの円を支える」
 という文様構成が激似である。御所前顔面把手の裏が「目ばかりの顔」なら、穴場釣手土器の背面も顔であることは、まず間違いないところだろう。顔面把手裏側の顔は、たしかに釣手土器背面に受け継がれていたということだ。

 また、図3を見ればおわかりの通り、「両目」の間をはい上がっているのはなにかの生き物だ。ちょっと変わった造形だが、多分ヘビだろうと考えられている*3

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図3 穴場出土*4

 つまり穴場釣手土器背面の顔も、第7回910回でさんざんとり上げた、「頭上にヘビをいただく顔面」だ。ヘビの胴体をこのように、ひし形の連続(図4参照)で表した例は珍しいが、他に類例がないでもない。たとえば長野県茅野市、尖石遺跡出土の「蛇身装飾付土器」(図5)を見ていただきたい。首の部分(頭の近く)に、3段のひし形があることがわかる。

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図4*5

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図5 尖石出土*6

 「2つの丸窓の間をヘビがはい上がる」という穴場釣手土器のデザインは、多くの釣手土器(その背面)と共通する。穴場例の裏が顔面なら、ほかもだいたい同じだろう。釣手土器の裏側に、2つの窓がいい感じに並び、しかもその間をヘビらしきものがはっていれば、もうそれは「目ばかりの顔」である。少なくとも、その可能性が高いとみて問題なさそうだ。
 第6回から8回にわたり、(一部脱線もありつつ)お送りしてきた「釣手土器背面は顔なのか?」問題だが、今回で一応解決ということにしたい。

 ところで穴場釣手土器には、1つ珍しい特徴がある。目を表すはずの丸窓が、なぜか4つもあるということだ。つまりどうやらこの土器は、背面に2つの顔が並んでいるらしい。これはなにも穴場釣手土器だけでなく、ほかにもいくつか例があるのだが、それについては次回かその次か、とにかく後で書くことにしよう。

*1:諏訪市博物館の絵はがきより。

*2:左上:森浩一『図説日本の古代(2)木と土と石の文化』中央公論社 1989年より。/右上:吉田敦彦『縄文宗教の謎』大和書房 1993年より。

*3:『穴場ANABA(1)』諏訪市教育委員会 1983年 22ページ。ヘビとイノシシの合成動物とする説もあるが、これについては後で書く予定。

*4:『穴場ANABA(1)』諏訪市教育委員会 1983年より。

*5:図1の一部を拡大してみた。

*6:http://bunarinn.lolipop.jp/bunarinn.lolipop/buna-1/idojiri/naganodoki2/clip_image004.jpg

釣手土器の話 12 - 渦巻きな目の人

 前回とり上げた3つの顔面把手の中でも、二宮森腰遺跡のもの(図1)は一風変わっている。

f:id:calbalacrab:20170220115842j:plain図1 二宮森腰出土*1

 表が丹下左膳状態*2なのもアレだが、裏側の顔(?)は両目が渦巻きで、「目を回した人」の古典的表現のようだ。

 これとほぼ同じデザインは、花上寺*3遺跡出土の「人体装飾付土器」(図2)にもある。

f:id:calbalacrab:20170225233833j:plain図2 花上寺出土

 「目」にあたる部分はやはり渦巻きで、その間をヘビがはい上がっている。ちなみにヘビの頭の形は、海戸遺跡の顔面把手裏側(図3。くわしくは前回参照)のそれにそっくりだ。

f:id:calbalacrab:20170225231415j:plain図3 海戸出土

 真ん中をヘビがはい上がるという特徴から、花上寺土器のこの部分も、例の「目ばかりの顔」だろう。「目を渦巻きで表してみよう」と思いつく人は、案外昔からいたらしい。

 ちなみに渦巻きの目と言えば、マヤの太陽神・キニチ=アハウ様(図4)も外せないところだ。いつ見ても、夢に出てうなされそうなこの圧の高さが素晴らしい。

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図4 キニチ=アハウ*4

*1:中村耕作「顔面把手と釣手土器」(神奈川県考古学会『考古論叢神奈河』17集 2009年)より。

*2:欠損によるものではなく、もともと右目が十文字だった。

*3:「かじょうじ」と読む。

*4:https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/564x/4c/1d/df/4c1ddf7924a4b5e08be108599b4eb4f2.jpg